kitombo.com | アジア友好の旅 | 2007年6月4日
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アジア友好の旅
「マニラ滞在記」

飯森好絵
6月4日

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フィリピンと日本
 我が家の近所には、お手伝いさんや子どものお世話係として、フィリピン人を雇っている家庭があり、子供づれで歩く姿を時々見かける。かつて乗った客船にも、船員として働く人たちがいて、人懐っこく、笑顔で話しかけてくれた思い出がある。なんとなく、世界に出て働く人々が多い国というイメージがある。フィリピン人のホスピタリティは最高だ、という声もきく。
 政治が不安定だというニュースと外国に働きに来ている人と、そしてフィリピン国内で暮らす人とが私の中でつながっていない。地図で見ると、なんだか遠いアジアの国であるような気がするが、飛行機に乗れば、4時間程度でついてしまう、案外近い国なのである。
 なのに、1度も訪れたことがなかったフィリピン。GYUのツアーにフィリピンが含まれる、ということで、フィリピンに友達ができるといいな、という軽い気持ちで参加表明をしてしまった。

のんびりおおらか?
 出発当日まで、行程もホストファミリーのことも連絡がなく、のんびりしたお国柄のせいだろう、どうにかなるだろうと気にも留めなかった。計画をきっちり立てたってダメなときはダメだし、前もって連絡がなくても、うまく行くときにはうまく行くものだ。そんな風に考えられるようになったのは、ある程度経験をつんだからかもしれない。学生時代だったら、何度も催促しただろうし、不安なまま、飛行機に乗り込んだことだろう。
 空港についてみると、誰もいない? 大地舜氏が電話をしてみると、ミーティングポイントHにいるという。苗字の頭文字を指定してある看板の下に立つも、誰もいない? 湿気で体の周りに膜ができるような感覚になるなか、きょろきょろしていると、やがて、2人の男性と1人の女性がやってきた! フィリピンでお世話になる、アテックさん、ボビットさん、ラケルさんだ。アテックさんとボビットさんは兄弟で、よく見ると目元が似ている。ラケルさんは日本に留学していたことがあり、きれいな日本語を話す。笑顔の優しい女性だ。続いて2台のバンが到着し、我々は荷物をつみ、バンに乗り込んだ。
 フィリピンでの大学のテスト期間にちょうど当たってしまったため、我々の活動に参加する大学生をほとんど募ることができなかったこと、ホストファミリーを必要数だけ手配できず、我らのツアーのボーイズ2人組みはホテル滞在となったということを知ったのもこのバンのなか。このことに、ラケルさんや、わたしのホストマザーである、ラケルさんのお姉さんのメリーさんは心を痛めていて、彼らが快適に楽しく滞在できるように、といろいろと心配してくださっていた。例えば、次の日のお出かけ用に冷蔵庫に水を冷やすときも、ホストファミリーがいない彼らの分もいっしょに持っていってね、と声をかけてくれたり、ボーイズがホテルで経験した騒動を聞いては、「愉快な体験ができたよかったわ・・・」とニコニコしていたり・・・。彼らの行動を全面的に受け入れ、「なんてかわいいの!」というのを見るにつれ、あまり細かいことにはとらわれない国民性以上に、人間共通の「ママな気持ち」が働いているのではないかと思った。よちよち歩く子どもをみて、「ほらほら、こっちよ。がんばって」という感じ。(ボーイズの二人、失礼!)でも、ビジネスパーソンでもある2人は、きっちりしているところもある。ボーイズが寝坊したとき、レセプションに次の日のモーニングコールの約束を取り付けていたり、ガイドとの待ち合わせ時間を気にしていたり、旅行会社の社長らしさをかもし出していた。
 ともかく、予定があるようでないようで、そしてのんびりしているようで、なんだか時間を気にしているようなフィリピンツアーは始まった。

フルーツバンザイ
 ホストファミリーに会い、最初の晩に食べたものの中に、バナナを甘く煮たものがあった。生食用のバナナと違い、実が硬くあまり甘くないもので、サバ(サにアクセントがある)と呼ばれているそうだ。わたしは普段、生のバナナを自分からは求めないのだが、火を通すなど、手を加えてあるものは好んで食べる。そのためか、これを大層気に入ってしまい、「おいしい、おいしい」と言って食べたら、毎朝、このサバが出され、これを食べなければ朝が始まらないようになった。この家のおばあさんも、外で食べるサバより、家の味付けが一番だと言っていた。それを聞いていたお手伝いさんははにかむようにしていた。多分、料理は彼女の手によるものなのだろう。
 もう一つの楽しみはマンゴーである。種を除いて、半分に切ったものが皿にいくつも盛られ、どんどん食べろと進めてくれる。皮に沿ってスプーンですくって口に運ぶと、少し青臭い甘みとねっとりとしたトロピカルな香りが鼻と口に広がる。マンゴーの木を庭に持つ家庭は少なくなく、ホストファミリーの庭にも、マンゴーの木があり、実がたわわに実るそうだ。わたしたちの滞在中は、まだ実が青く、それは食べられなかったけれど、熟すともいで食べるそうだ。果物好きとしては、なんともうらやましい。
 このツアー中、休憩中に、ドリアン、パパイヤ、マンゴー、バナナと果物を食べる機会に恵まれたが、一番印象に残っているのが、セニョリータという名前の親指ほどの小さいバナナの房。生食バナナはあまり食べないわたしも珍しさに一つ手を伸ばしてみた。バナナのブランドといえば、チキータ。スペイン語で「少女」、米国南西部では、「かわいい子」という呼びかけでも使われるらしい。今度は「お嬢さん」だ。バナナは女の子のイメージがあるのかしら? 口に入れてみると、通常のバナナと変わらない味である。郊外での道端で購入したのだが、値段もそれなりにする。
 調理済みバナナ好きとしては、バナナチップがいい、と思った。実はマーケットでいくつも袋詰めされたバナナチップを買い込んでいる。いっしょにマーケットに行ったラケルさんとメリーさんには、私のサバ好きを知ってか、やっぱり笑っていた。「そうよ!バナナよ。セブのバナナは有名だもの」。
 家に帰って食べてみると、日本のバナナチップよりも、油分も多いのだろう、サクサクとしていた。これはイケル、どんな油をつかうとこの味になるのかと思い原材料を見てみると、banana、sugar、oilとだけ書いてあって、拍子抜け。確かにoilだけど・・・。日本で買うフィリピン・セブ産のバナナチップとはどこか味が違う。ココナッツオイルと見当をつけたけど、真相はわからない。また、マニラに行かない限り、出合えない味なのかもしれない。

東洋風マリア
 サンアグスティン教会を案内してくれたガイドは、非常に優秀で、話も上手。メリーさんは、初めて仕事を依頼したといっていたが、結構有名な人らしい。歴史や風俗を音楽や写真をまじえて、興味深く話してくれる。とはいっても、美術好きには、ガイドのスピードは早く、昼食のあとに今一度見ようとレストランから外に出ると、やけに物静かだ。お昼休みは、スペインの風習を残して人々が昼寝でもしているかのようだ。教会の博物館も閉めてしまう。けれど、教会を閉めるはずがない、観光客だけ止めているだけだと裏口から教会の庭を抜け、建物に入る。やはり、開いている。このまま、博物館の方に歩いても何も言われない。すれ違う人たちに、一瞬、あれという顔をされるが、何も言われない。それをいいことに、教会内の彫刻や絵画をじっくりと見ていった。
 サンアグスティン教会付属の博物館で、東洋風の顔つきのマリア像や中国風の装飾をつけた教会用具を見かけた。キリスト教に限らず、すべての習慣が根付くとき、土着の文化と融合することが多い。その例の一つであろう。
 マリアはガリラヤ地方のナザレの女性である。なのに、美術館などでよく目にする「受胎告知」や「無原罪の御宿り」などの画題では、描かれている地方や時代の風俗が描かれることも多い。つまり、見る人が分かりやすく親しみを覚えるように七変化しているのである。北方では金髪碧眼で描かれるし、南にいけば褐色になる。土着の信仰との結びつきからか、黒いマリア像もある。だから、マニラで中国風のマリア像を見せられたときには、マニラには中国人がたくさんいた、という証拠なのだと受け止められた。
 カソリックの国に来たからには、マリア像の1つでも手を入れようと教会付属のみやげ物屋やクラフトショップ、アンティークショップを覗いてみる。木像で古色がついたものが、日本円で10万円ほど・・・。重たいし、現金ももっていないし、であきらめることにした。
 その話をアテックさんにすると、次の日・・・。さすがはカソリックの国、家にあるプラスティックのマリア像やロザリオ、キャンドルなどをプレゼントしてくれるというではないか! 確かに家の正面にキリストやマリア、聖心を掲げる家もよく目にしたが、家の中にも飾ってあるのだろう。ありがたく受け取り、家のマリア像コレクションに加わっている。

ホームステイ
 お世話になったメリーさんの家は、入り口にガードがいて、住人以外は自由に入れないという区画の中にある。ホストマザーのご両親は、若い頃に、この区画内の土地をいくつも買い、親戚がそろって住んでいる。ちょっと歩けば、ラケルさんの家もある。その区画の中の家はどれも立派で、時間を問わず、安全だという。その区画の外には、トタンの家や崩れそうなブロックの家もあるのだから、階層によって住む場所が歴然としていることがわかる。夜、車の脇に、花を売ろうとよってくる子供たちはもちろん、「外」の住人である。ホストマザーのメリーさんは、これからの国づくりで、若い人を育てていかなければならないのに、貧困により、教育を与えられないのが一番の問題と語っていた。ただ、お金持ちの学生たちを見ていても、どちらかというと幼い印象で、あまり野心もなさそうで、自分の国のことは棚に上げて言えば、国を背負って立つような人材をつくる教育というのは、なかなか難しいものだと思った。
 さて、玄関を入ってすぐに、広い応接間。その向こうには広いテラスにプールがある。滞在する2人のために、プールは掃除をしてくださったそうで、自由に使ってねと案内される。広くて清潔で、日陰になっていて心地よさそうだ。水辺のテラスにおいてあるソファで昼寝をしたのち、さっそく水に入ってみる。水着を持っていかなかったので、フィリピンのビーチでよく売られている、2メートル弱四方のコットン生地を巻きつける。プールサイドには、おばあさんとメリーさんが、お土産に持っていったクッキーを食べながら、泳ぐ2人を見守っている。気温も高くなりすぎず、優雅な昼下がりだ。水から上がると、ヤモリがちょろちょろと這っていた。ヤモリはシャワールームでも対面したのだが、同じヤモリかもしれない。どうにも、毎晩目が合った。
 シャワーも水だけ。でも、寒くないのだから、まったく問題ない。さすがに頭を洗うのに、お湯がほしいときは、台所で熱湯を沸かしてもらい、バケツにくみ入れ、水で薄めればOKだ。暖かい国は、なにかとラクチンだ。

みんな、ありがとう!
 ツアーの中心はオーガナイズされた学校訪問や散策、ライブコンサートなのだが、きっとこれらのことは他の参加者が書いてくれるだろうと、自分が感じた小さなことを書き連ねてみた。こんなに幸せな時間は、フィリピンのみなさんが暖かい気持ちでツアーを支えていてくれたからだ。ツアー参加者も明るくて楽しい学生ばかりで、盛り上げてくれた。今度は日本で他の誰かを幸せにできるように、こころを尽くしていきたいと感謝の気持ちを胸に抱えつつ、いつもの仕事に勤しんでいる。

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