kitombo.com | アジア友好の旅 | 2007年6月25日
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アジア友好の旅
「フィリピン・タイ・アンコールワット」

代田雅哉
桜美林大学
6月25日

(写真はクリックすると大きくなります)

1. マカティ@フィリピン

 今回は2週間いなかったわけですが、はじめの6日はフィリピンのマニラに滞在。 ホームステイの予定が、男二人は、ホテル暮らし。 チップだってあげ慣れた。ホテルに入ったらまずチェックするのは、バスルームと金庫がちゃんとしているか。だめなら、荷物を持ってきてくれるボーイさんに言うことを学んだ。
 マカティは今のフィリピンの中心都市。空港から来るときは沢山スラムがあった。でも、 マカティはとても綺麗。ショッピングモールや、レストラン街、銀行やらなんやら、沢山ビルも立ち並ぶ。もっと、あちこち見たかったけど、危ないから、そういう人たちとはなかなか関われないのだ。(日本人=金持ち→誘拐しちゃえ!)
 さて、写真の一枚目は、言わずもがな。King of fruit、ドリアン。クリーミーで濃厚な味、そして、生ゴミっぽい臭い。申し訳ないけど、う○こっぽい臭いといえば、そうかも。忘れられません。
 二枚目は、バス。名前は忘れてしまった。フィリピンの相乗りバスでググってみてください。アメリカ軍の払い下げをああやってデコレショーンして使ったのがはじまりとか。
 話は変わるけど、向こうのタクシーやバスの営業熱心なこと!道を歩いてるとクラクションならして、脇をゆっくり通り過ぎる。乗らないの?って感じで。ちなみに、交通事情はとても悪い。ウィンカーはもちろん出さないし、車線もあんまり関係ない。パトカーや消防車は空いてるほうの道、逆送するしね。クラクションもひっきりなし。どうやったら警察に捕まれるのか不思議だ。
 三枚目は旅の仲間。旧マニラ市街地で、唯一アメリカ軍の爆撃を免れた、サン・アウグスティン教会の中庭で撮った。マニラはWorld War 2まではアメリカの植民地として、アジアで一番栄えていた貿易都市だったけれども、第二次世界大戦で、日本軍に占領され、(日本軍が占領したときは、アメリカ軍が逃げ出したので、ほとんど戦争することなく占領)D.マッカーサー率いるアメリカ軍が、2,3年後に反撃してきたときに爆撃されて、見る影も無くってしまったそうな。ガイドさんが恨んでいる様子もなく、淡々と語るのが印象的だった。
 いまのマニラの旧市街地は復元されたもの。でも、すごく綺麗なんだなー。

2. @フィリピン2

 フィリピンで自己紹介をしたときにいわれたけど「まさや」ってタガログ語で「happy」って意味なんだって。一枚目の写真はカーサ・ビアンカ。サン・アウグスティーヌ教会のすぐそばにある。スペイン統治時代のスペイン人の家の復元。オリジナルは第二次世界大戦で灰と化してしまったので、いつぞやの大統領夫人が建てたんだって。ちょっとバルセロナ?って感じの雰囲気があるけれども、スペイン統治時代はマニラはアジアとヨーロッパの交わる港だったから、家はスペインっぽく、内装はフランスから、ピアノはドイツ製、窓には日本の障子を真似た格子に薄い貝をはめた物。そんな感じだったんだって。スペイン人は上の階に住んでたそうな。外は、自分たちの捨てた汚物で汚かったから。ちなみにスペイン人は2ヶ月に一度しか風呂に入らなかったんだって。考えられない!
 フィリピン人は川で綺麗にしてたらしいけれども。
 2枚目は見て分かるように蛇。首に巻いてみました。蘭園に行ったときにいたのだ。蘭園には、いろいろな花が咲いてた。サンパギータとか、クリトリアとか。どうやらサンパギータはジャスミンのことらしい。クリトリアは蘭の一種なのかな。その名前の由来で、びっくり。最後にいた蛇は大きかった!とりあえず、触ってみると、意外にプニプニしてる。硬そうなのにね。それに、ひんやりして気持ちいい。みんなキャーキャー言ってたくせに、男二人が巻いたらやりたがって、最終的には「かわいいー」だって。
 3枚目はタガイタイ。フィリピンのカルデラ湖。今は休火山なんだって。火口は二つあるのだ。いまから70年位前に噴火したってボビットさんが言ってた。いまはリゾートになっている。この日はJolli beeというフィリピンのファーストフード店で朝食を食べた。だって、ホテルの朝食は何枚かのトーストにキュウリとトマトのスライスが2枚だけなんだから!
 マックなんかよりも、安くておいしい!!セットでも90ペソとかだから200円くらい。フィリピンではマックが出来るとその隣にJolli beeが必ず出来るんだって。しかも、Jolli beeのほうが人気が高いと。タガイタイに行く途中、休憩でスタバに寄ったんだけど、海外のスタバではカップにお客の名前を書くのは一般的らしい。注文が終わると名前を聞かれる。日本名だから、間違えられる人続出だけど、僕はちゃんと書いてもらえた。だって「Masaya means happy in Tagalong!」だからね。

3. @タイ

 タイの空港はかっこよかった。「ステンレス・ガラス・青い光」という要素がとてもいいね。スターウォーズ・攻殻機動隊って感じ。この空港新しいらしく、国際線・国内線がひとつのターミナル内にあるから、えらく広い。イミグレまで遠かった・・・。両替したら、お姉さんが手を合わせてお辞儀してくれた。思わず、お辞儀。タイが日本人に人気なのは、こういう共通点があるからなのかもしれない。ここからバンコクまで、バスで1時間弱。眠かった・・・。 アジアホテルはロビーに蚊が沢山いた。足の指をさされるのってものすごくストレスだよ。3つ星と聞いていたけれども、フィリピンのと大して変わらない印象を受けた。
 次の日はアユタヤへ。アユタヤはタイの昔の都。カンボジアに2回攻められて、2回目に火をつけられて、住めなくなってしまったのだ。
 だから、いまは遺跡だけ。お寺もあるけれども。お寺といえば、タイでも靴を脱いでお寺に入るのです。日本と違って、分かりやすくなっているわけでは無いけれども。おみくじもあるし、投げるわけじゃないけれど、お賽銭もある。見た目は違うけれども、根幹にあるのは同じ仏教。表象の仕方が違うんだねー。
 象にも乗った。うちののった象はマイペースでどんどん引き離され追い越されていく。ちょっと、悲しい。象使いの人はカッコよかった。なんか、象のこともお客のことも分かってます!って感じで。その辺の街路樹切って象にあげたり、途中で止まるときは、木陰に入ってくれたり。心遣いがありがたいね。いや、ホントに暑かったから。

4. @アンコールワット

 アンコールワットへは陸路で。カンボジアまでタイの舗装された道路で4時間、国境を越えてから、悪路に揺られること6時間くらい。
 タイで、休憩は一回、セブンイレブンによった。おでんみたいな感じで、ソーセージ、トマト、レタスとかにチリソースをかける食べ物を食べた。おいしかったなぁ。
 カンボジアとの国境では、まさしく「あいのり」のように国境を飛び越えた。写真は国境のタイ側の免税店(?)。カンボジアの道はすごかった。本当に笑っちゃうくらい、酷い。まず、舗装されてない。だから凸凹。ずっとはねてるんだ!途中で3回休憩を挟む。そりゃあ伸びをしたくなる気持ちもよくわかるでしょう?
 一回はパンクしたからバスがどこかへ直しに行ったけど、荷物も載せたままだったから、そのまま盗まれたらどうしようねぇとみんなで話した。実際、一緒に行ったタイの子が国境で財布すられたし。そんな危険をひしひしと感じながら道を行ったけれど、アンコールワットのそばのホテルが沢山あるリゾートに来たら、これまでが嘘みたいに道路は舗装され、ネオンが輝く町になった。この町の水は、日本の支援で作られたもので浄水されているらしい。そんなことをガイドさんが行っていた気がする。ホテルについてびっくり、バンコックのアジアホテルも3つ星だったけど、同じ3つ星かと思うようなリッチなホテル。とりあえず、夕飯を食べてからはプールへ。タイの子達は来てもすぐに部屋に帰っちゃったりして疲れていたみたいだけど、日本人はアホかと思うくらいのテンションで泳ぐ。ヴァカンス!って感じ。プールが閉まった後も、バーでお酒を飲みながら、みんなで語り合う。日本人ってなんなのよとか、いじめられたことある?とか。このメンバーは自分が「他の人と違う」っていうのをきちんと認識しているのが共通点かな。次の日はいざ、アンコールワット遺跡群へ。
 アンコールワットといっても、アンコールワットだけではなくて、年代ごとに、いろいろな遺跡がある。仏教遺跡というより、ヒンドゥー教の影響を色濃く受けたものと考えた方が良いのかな。すこし、ヒンドゥーの神様の知識があってよかったけど、知識不足で楽しめず。悲しい哉。木が破壊してる遺跡や、フランス人が発掘したアンコールトムも見たけれど、一番すごかったのは、アンコールワット。言葉じゃ言い表わせないので、興味のある人は行って!
 夜は、また泳ぐ。今日は、タイの友人たちも一緒に泳いだり、プールサイドで紙風船で遊んだりした。英語が苦手だったり、タイ語が分からなくても、まぁ、なにか通じるものはあるよね。
 カンボジア最後の日は、キリングフィールドやトンレサップ湖に行った。キリングフィールドにはお寺のほかに、真ん中に骨の入ったお堂があるんだ。日本人の僕としては思わず合掌してしまうけれど、タイ人は仏像には合掌するけど、お堂にはしなかった。仏教国でもちがうのねーと思った。
 レンサップ湖は雨季と乾季でかなり水量が変わる湖。だから、人が住むのは湖の周りでなく、湖の上に家を浮かべて住んでいる。TVで見たことあったけど本物は違うね。教会も学校も図書館も浮いているんだ。人間ってどこでも住めるんだなぁと壮大さを感じた。
 カンボジアの空港は比較的きれいだったけど、入国管理管はものすごい愛想が悪かった。タイについたらそのままパタヤへ。この高速道路も結構な悪路だった。

5. パタヤビーチやようこそ!

 ついたのは真夜中だったから、次の日初めて、パタヤビーチに立った。パタヤビーチはもう綺麗じゃないから、高速艇で沖の島まで行く。このときの気持ちよさといったらないね。パタヤではみんなでビーチボールであそんだり、初めて、水上バイクに乗ったりした。お昼ごはんを食べた後、ホテルへ帰って荷物をまとめる。何しろ、この日の夜にはバンコックの空港から日本に向けて飛び立つ予定なのだから。
 ホテルをチェックアウトしていると、タイでのまことのバディだったアジアホテルの御曹司、ファーストが来てくれた。アジアホテル@パタヤを案内してくれるってことだった。アジアホテルはプライベートビーチつきのリッチなホテル。一回の部屋からは直接ビーチに行けるんだ。今度はぜひここに泊まりたい。
 それからは、マッサージやアウトレットモールへよりながら、空港へ。モールでマイの彼氏のパンダも合流。ラブラブでいいねぇとからかう。
 空港でタイの友人たちともお別れ。お別れにジャスミンとラブフラワーとバラで出来た花飾りをくれた。お互いの母語で、goodbyeとかsee youはなんていうの?と聞いて、それを言い合って、別れた。「みんなにまた会いに行きたいな。タイ語も勉強しなくては」と決意するのでした。
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