kitombo.com | アメリカちゃんこ鍋 | 2004年2月2日 
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アメリカちゃんこ鍋
「ケントさんの思い出」

今井 章子
2月2日

 むかーしむかし、その昔、私はタレントのケント・デリカットさんの秘書をしたことがある。彼が約15年前渋谷に開いた英会話学院での、ほんの一年間のことだった。私の仕事は学院に関する事だけで、芸能界関係はノータッチだった。彼との連絡もマネージャーを通していたので、「秘書」という言葉から連想するような、親密さはなかったかもしれない。「変な外人」という言葉が流行りだした頃で、牛乳の底のような分厚い眼鏡を掛け、ペラペラの日本語で日本人を笑わせるケントさんは、その代表的存在だった。
 彼が学院長を勤めた「ケント国際学院」は、半蔵門線の渋谷駅から歩いてすぐの所にあった。私は、英語講師募集の広告を見て応募したのだが、「学院長の秘書も募集してるんです」と面接で言われ、学院長秘書兼講師として採用された。有名人の秘書なら、大掛かりな選考プロセスがあっても良さそうだが、まったくそうではなかった。それより何より、肝心のケントさん不在での決定である。秘書と言えば、信頼できる人間を本人が選ぶのがアメリカ式なのだが…。そこら辺の日本式に、ケントさんは随分柔軟だったと思う。(もちろん、私を気に入ったから、文句を言う必要が無かったのなら、それはそれで理解出来ないこともないが。)
 社員は常勤が10人程度で、他にパートのネイティブ講師・日本人講師が多数出入りしていた。個人レッスンや小グループでのレッスンが中心で、教室は丸テーブルがいくつか置かれたサロン形式だ。生徒は一般の社会人がほとんどで、中には芸能界でのデビューを控え、ケントさんを慕って来る人も何人かいた。
 経営はほとんど人に任せているようであったが、名前だけの存在にならないよう、ケントさんは奮闘していた。毎日とは言わないまでも、週に1、2度、時には3度も足を運んだと記憶している。テレビで見る通り、ざっくばらんで、誰にでもフレンドリー。来るたび、スタッフに特大ピザを注文してくれる気前の良さだ。その上社員の個人的相談事にも親身に応じるという、今考えればアメリカ人らしからぬところもあった。クラスにも必ず顔を出し、生徒とできるだけ交流するよう、努力もしていた。
 一度私が二人の若い女性を教えている時、ケントさんがヒョッコリ現れた。若い二人は、芸能人に会えるなんて、信じられない!とはしゃぎまくる。外国人と英語で話すというだけで緊張するのに、相手が有名人では、生徒さんは会話どころではない。その上ケントさんは、タレントだけあってなんだか華があるのだ。近くで見ると意外にハンサムだし、声がまた甘くて、素敵なのである。
 その日のケントさんは、いつも以上に上機嫌で、奥さんとの馴れ初めを英語で語り出した。なんでも奥様には、当時他の彼氏がいたとか…。それをケントが押しに押して、スキーに誘ったという話だったと思う。真っ白なゲレンデで花咲いた恋の物語。詳細は覚えてないが、うっとり聞いたのを覚えている。
 生徒にこんなに大サービスして大丈夫?と心配する私。ボーッとして聞いている二人の女性。ケントさんが去ってから、「内容、分かりましたか?」と訊ねると、「えー、良く分かりました」との回答。それでは、と細かい内容確認の質問をすると、「ああ、そこはちょと分かりませんでした」「それもちょっとー」とあいまい。それでも「ケントさんて、優しいんですねー」としみじみと言う。つまり「良く分かりました」という感想も、そこらへんのことを意味していたらしい。
   スケジュールの打ち合わせなどで、ケントさんと二人きりになると、「ねぇショウコさん、日本人はどうしてXXなの?」と時々聞かれた。日本では上司が威張るとか、下の者が意見を言えないとか、そんな類のことだったと思う。当時の私は、外資系会社での勤務や、通訳・翻訳等の経験を通し外国人との接触は多かったが、日本文化についてはまだまだインサイダーであった。今のように日本を客観視はできなかったし、ケントさんが比較の基準としていたアメリカ文化も理解していなかった。ふがいない説明をしていたに違いない。今なら色々話が出来るのに…。
 ケントさんについて、いつも「偉い!」と思ったのは、「人間は皆平等である」というアメリカの理想を、日本でも持ち続けようとしたことだ。日本はアメリカに比べたら、やはり上下の差が厳しい。偉い人はそれなりに偉い態度を取らないと、舐められる。当時日本で活躍していたアメリカ人には、それを上手く利用する人が多かった。日本人は外人(特に欧米人)に弱いし、位の高い者には腰が低い。こっちが偉そうにしていれば、低姿勢で応じてくれる。何かにつけ、事を運び易い。逆にあんまりフレンドリーだと、舐められてしまう。「なんだアイツ案外話し易いじゃん」という親しみの背景には、無意識の「格下げ」が潜んでいる場合が多い。同等と思うと、急にリラックスして、からかったり、冷やかしたり。アメリカ人は、その豹変ぶりを心地よく思わない。それよりなら、偉そうにしていた方が楽である。
 ケントさんは、断じてそれをしなかった。相手がどんなに低姿勢でも、偉ぶることはなかった。そのために逆に舐められることは、多かったと思う。
   勤め出して1年ほどで、私は学院で同僚でもあった韓国系アメリカ人と結婚することになった。それを機に東京脱出を図って退職し、間もなく群馬県の桐生市に落ち着いた。そこにケントさんからお祝いが届いた。洗濯機と乾燥機一式という高価な贈り物である。ちょうどその頃、学院閉校の話が進んでいた。英会話のトレンドは開校の時点にすでに下火だったのであり、経営が難航したのだと思う。詳しい事情は知らない。マネージャーの身辺にも変化があったらしく、なかなかケントさんとも連絡がつかない。お礼だけは、なんとか電話でしたと思うが、それから連絡が途絶えてしまった。
 乾燥機など持つのは初めてで、電気代を考えると使うのにも覚悟がいった。数年してアメリカに来てみると、乾燥機は必需品。洗濯物を干している家など見かけない。
 「いやー、芸能人は気前がいいなー!」と、あの時はちゃっかり受け取り、「お返し」などという気の利いた発想はしなかった。今でもそれ相応のお返しとなるとむづかしいのだが…。時の経つのにつれて、心苦しさが増している。
 ケントさん、今はユタ州に住んでいるらしいが、元気にしているのかなー?ほがらかで美人の奥さんと、ジュニアに囲まれ、楽しくスキーでもしているのではないだろうか。

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