kitombo.com | チェンマイ俳句歳時記 | 2004年1月26日 
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チェンマイ俳句歳時記
「落葉の季節に―鹿の耳樹」

坂本 茉莉
1月26日

 朝晩の最低気温が12,3℃まで下がる今日この頃、チェンマイでは12月1月にかけて冬(寒季)と呼ばれ、1日の中で気温差が20℃近くあります。バンコクからやって来る観光客はセーターやジャケットを着込んで、うれしそうにその寒さを楽しんでいます。中国正月の春節がやって来る頃、チェンマイには色鮮やかな花々が咲きそろいます。高い梢に咲く真紅の花は、アフリカ原産のアフリカン・チューリップ。イエロー・タベブヤは、すっかり葉を落とした幹に明るい黄色の花をつけています。普通は緑の生垣になっていて気がつかない「プワン・セー」が咲き誇るのもこの時期で、鮮やかなオレンジ色の花が壁や電線にまで絡まって咲きます。

      春節や背負子にあふるる花の嵩     茉莉

 その花の盛りの時期は、なぜか紅葉と落葉の季節にもあたります。北部タイの山々に昔からあったチークの木は、金茶色の大きな葉を落とします。乾季の山ですっかり乾ききった特大の葉は、落葉の風情と程遠くバッサバッサと音を立てて落ちてくるのです。もう一つ市内でもよく見かける紅葉する木は、シクシン科のモモタマナ(タイ語名「フー・クワーン〈鹿の耳〉」)という中木。乾季の終わりごろから葉が色づき始め、赤い葉が勢いよく地面に落ちていきます。タイでは、枯葉や落葉から「枯葉舞う」ロマンチックな連想は全くできません。

      考へることやめし樹よ紅葉して     中尾寿美子

 上述の俳句、なかなかおもしろい発想だと思います。紅葉して樹が考えることをやめてしまうなんて。思考がストップして、そのあとは落葉となっていくのでしょう。冬の乾燥と厳しい寒さから身を守るため、枯れ木となって越冬する落葉樹。ところが、タイの落葉樹はそうはいかないのです。
 私が以前勤めていた工場の庭に、モモタマナの木(鹿の耳樹)がありました。枝を四方八方に広げるこの木は、夏の間気持ちのよい木陰を作ってくれます。ちょうど貯水池のほとりに植わっていたので、昼休みになると工員たちが木の下でお弁当を広げていました。取引先からのクレーム、上司のお小言など仕事でうまくいかないことがあると、よくふらりとこの木の下に立って、池を見ていた自分を思い出します。紅葉のときも、落葉がガサガサ落ちていくときも、毎日かならずこの木を見上げて工場に出勤していました。葉をほとんど落として、日本でいう枯れ木のイメージに近い状態になったある日、私は仕事のことで落ち込んでいて、この木を見ながら「ああ、これからしばらくはこの木も枯れ木のままだな。」とますます暗い気持ちになっていたのです。休日出勤の予定があった翌土曜日は、体調が悪いためお休み。続いて日曜日。そして月曜日、まだ疲れの残る体をひきずるようにして出勤し、ふと見上げたモモタマナの木。そのとき感じためまいに似た感覚は、今でも忘れられません。たった2日見ない間に、この木の梢にはびっしりと若緑色の芽が立ち上がっていたのです。「紅葉、枯葉、落葉・・・そしていきなり春の芽吹きが始まった???」その旺盛な生命力にめまいを感じ、その次に思わず笑みがこぼれました。「この葉のつき方何かに似ている、何だろう。」
 それから3日後、部下に教えられたその木の名前は「フー・クワーン」つまり、鹿の耳でした。そう、木の枝に凛と立ち上がっている若緑色の葉は、鹿の耳そっくりなのです。鹿の耳はどんどん成長し、高い梢をあおぐと、すがすがしい寒季の空に伸び上がっていくように見えました。
 タイでは、季節の変わり目がはっきりせず、日本的な「けじめ」や「切れ目」という概念が全くないように思う人もいるでしょう。しかし、わずか数日間で夏から秋を経て春になってしまうこの土地では、劇的で激しい変化がある日突然起こっていると理解した方がよいのです。四季の微妙な移り変わりが感じられなくても、一年中だらだら時が流れているように感じられても、確実に変化を起こす何かが日々育ちつつあるのです。
 鹿の耳樹の葉は日ごとに大きく成長していきます。乾季の乾ききった大地に、どれだけの水分が蓄えられているのでしょうか。この時期に、色鮮やかな花と緑の若葉を見るといつも不思議な気がします。

      凛と立つ若芽名づけて「鹿の耳」    茉莉

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