kitombo.com | チェンマイ俳句歳時記 | 2004年3月15日 
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チェンマイ俳句歳時記
「花二題―ジャスミンとプルメリア」

坂本 茉莉
3月15日

 タイにはじめて旅行で来たのは、たしか1985年8月のことでした。覚えたてのタイ語で自己紹介すると、タイの人たちはうれしそうに微笑んで「マリ、マリ」と呼びかけてくれました。「マリ」というのは、タイ語でも女性の名前に使われ、ジャスミンの花の意味だったのです。香りのよい白い花。そんなイメージとあわせて、すぐにタイの人に名前を覚えてもらえるので得した気分でした。その後、日本に帰ってから、ジャスミンを「茉莉花」ということを知り、なんだタイと同じじゃないと納得したものです。茉莉花は中国語から日本に入ったようですが、中国語の茉莉花もタイ語の「マリ」も、元はサンスクリット語源だそうです。
 チェンマイの暑季の訪れとともに、人々がタイ正月―水かけ祭りを待ち焦がれるころ、夕方庭に水を撒きながら、白い可憐なジャスミンの花を見つけてはその香を楽しんだものです。ジャスミンの植え込みのところだけ、涼風が立っているかのようで、だんだん暮れていく庭のその一角だけがほのかに明るく見えました。

        茉莉花や象の頭の神祀る      茉莉

 ジャスミンといえば、つぼみのうちに摘んで1房ずつ糸に通して作る花輪があります。暑さですぐだめになってしまうので、市場では氷の上に並べて売っています。交差点や夜の繁華街のレストランでは、子供の花輪売りが出て、信号待ちの車の運転手やレストランで食事する家族連れに売るのです。車の運転手は前のミラーに花輪をかけ、車内にはジャスミンの香が馥郁と香ります。家族連れが買っていく場合は、家の仏間や仏像に供える場合が多いのでしょう。ハワイのレイのように、外国人観光客の首にかけることもあります。
 暑い時期に食べる料理で、冷ました飯を氷水に入れ、お茶漬け風に塩辛いおかずと一緒にさらさら食べるものがあります。もとは宮廷内の料理で、付け合せのおかずも美しく盛り付けられます。氷水にはジャスミンの花が浮かべられ、冷たいご飯にはその涼しい香りが移ってなんともいえない風情です。はじめて食べたとき、お世辞にも美味しいとは言えませんでしたが、冷房もなかった昔の宮廷で、優雅に暑さを乗り越える方法としてこの料理ができたのでしょう。名づけて「宮廷ジャスミン水飯」、4,5月にタイにいらっしゃる機会があったら、ぜひお試しください。タイ語名は「カーオ・チェー(漬飯)」です。ただし、普通の食堂ではあまりお目にかからないので、ちょっとしたレストランに入って注文してください。

 週末の朝2時間、最近チェンマイに越してきた友人と2人で、北タイ舞踊を習っています。週末の朝は車も人通りも少なく、まだ空気も澄んでいます。お稽古の場所までのんびり歩いて約15分。ほんのわずかな間ですが、プルメリアの並木道があって、枝からこぼれ落ちたまだ汚れていない花を拾ったり、その清々しい香りを楽しんだりして、私の好きな通り道なのです。
 以前働いていたNGOで、クメール難民キャンプ内の伝統文化教室が開かれていました。そこでカンボジアの伝統舞踊も行なわれ、幼い踊り子たちは十分な衣装も準備できないまま、練習に励んでいました。踊り子の一人が本当に髪に挿していたのかどうか、記憶は定かではありませんが、かたわらでスケッチに励むクメール人の若い絵描きは、いつもプルメリアを髪に飾った踊り子を描いていました。そんな記憶と重なって、いつかもう少し上手に踊れるようになったら、私も髪にプルメリアを挿してタイ舞踊を踊ってみたい。ささやかな夢を想いながら、プルメリアの並木道でついまた花を拾ってしまうのです。
 プルメリアはキョウチクトウ科の花木で、和名はインドソケイといいます。標準タイ語では「ラントム」というのですが、その音が「ラトム」=悲しくつらいという語と似ていることから、一般家庭の庭に植えるのは避けているようです。よく見かけるのは、お寺の境内でしょうか。ただし、東北タイ・北タイでは「チャンパー」という名で呼ばれるので、不幸を招く木という意味はまったくありません。白い花弁に、中央の部分が薄い黄色味を帯びて、その香りはかすかに甘く清涼感に溢れています。花が美しく開いたままふっと舞い落ちる様子も、タイやクメールの踊り子のイメージをほうふつとさせます。
 一番好きなプルメリアの並木は、ラオスの古都ルアンパバーンにあります。もう2年以上も訪れていないのですが、そこは緩やかな坂になっていて、メコン川に向かって下っていく道でした。チェンマイと違って、車もほとんど通らない道には、プルメリアの白い花が点々と散っていて、その先には寺院のなだらかな屋根の翼が見えていました。通り過ぎるのは、黄衣の僧侶と自転車にのった子供たちだけ。プルメリアの香りと、ゆるやかな時の流れが今でも忘れられません。

プルメリア挿す耳元の涼しさよ    茉莉

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