kitombo.com | チェンマイ俳句歳時記 | 2003年11月17日 
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チェンマイ俳句歳時記
「ジュラカティン(カチナ衣献上祭)その1」

坂本 茉莉
11月17日

 雨季明けの10月から11月にかけて、タイ全国で行われる仏教行事があります。同郷の者、知人友人とトラックや船を仕立てて、各地の寺にカチナ衣という特別の僧衣を献上する行事です。このカチナ衣献上をタイ語では「トート・カティン(カチナ衣を投げること、投衣)」と呼びます。献上者は目的地の寺にあらかじめ献上日を知らせ、全員で行列を作り太鼓をたたきながら寺に繰り込み、本堂の回りを歌い踊り献上祭を盛り上げます。

 チェンマイ市内から車で南西に約3時間半のところにある、チェンマイ県メーチェム郡の村で、今年11月1日と2日に渡って行なわれたカチナ衣献上祭は特別なお祭りでした。この祭りは普通の「トート・カティン」と区別され、「ジュラカティン」と呼ばれています。どこが特別かといえば、献上するための僧衣をすべて手作りで行なうということです。それだけでなく、僧衣にする布を織るために綿摘みからはじめ、綿繰り、綿紡ぎ、織り、染め、縫製までの全工程を1日以内に終わらせて献上しなければなりません。村中の人が一致団結してその作業にあたり、またそれをバックアップし費用をまかなう有力者も必要です。また、祭りにやってくる親戚、友人、客人をもてなすために、宿泊先や食べ物などの準備も欠かせません。言うなれば、「ジュラカティン」は村あげての一大イベントなのです。
 「ジュラカティン」は通常三年間継続して行なわれるそうで、今年はその最後の年でした。全体のプロデュースは、タイの名門校タマサート大学芸術学部長であり、また染織文化研究家としても名高いパオトーン教授。彼はこの村に別荘を持っている縁で、村の伝統行事復興に力をそそいでいます。その他、チェンマイ県、あるいは地元の郡長や有力者がスポンサーとして名を連ねています。  初日の昼間から夕方にかけて、主に伝統文化の紹介やコンテストが行なわれました。この地方に伝わる縫取り織のコンテスト、伝統楽器や舞踊コンテスト、村に住む各民族(タイユワン、カレン、ラワ族)毎の女性民族衣装コンテストや男性の野良着コンテストまでありました。また、寺へ寄進する地区対抗寄進行列コンテストもあり、これは1等になると1万5千バーツも賞金がもらえるそうです。私たちが祭り騒ぎに浮かれている一方、裏方の人々は着々とカチナ衣作りの準備を進めていました。翌日の昼前にカチナ衣を寄進するために、儀式の順番を先取りして綿を干し、綿繰り(綿の実から種を取る作業)や綿紡ぎをはじめているのです。儀式の進行上は、初日の夜中に綿摘みを行なうことになっていますが、実際は24時間前の初日の昼に準備が開始されていました。いずれにせよ、24時間以内に献上するという約束事はきちんと守られています。

        地の女神招くや真夜の棉畠       茉莉

 11月2日零時09分、寺の本堂でカチナ衣献上宣誓式が行なわれ、白い衣装に身を包んだ未婚の少女7人を先頭に棉畑へ向かいます。ゆっくり奏でられる鐘と太鼓に合わせて、少女たちは静かに踊りながら進んでいきます。棉畑の前には大地の女神に捧げる供物が並び、読経と祈りが捧げられた後、少女たちは棉畑に入っていきました。綿の実が裂けて白い綿がぼんやり闇に浮かんでいる様子はどこか幻想的で、白い衣装をまとった少女たちは綿の妖精のようです。そのとき急に、棉畑の一角をスポットライトが照らし出しました。綿の上で踊る大地の女神?!あまりの演出のうまさに茫然と立ち尽くし、周りの男性たちは白い衣装の乙女が身をくねらせて踊る姿に嘆息をもらしています。棉畑には仮設の小さなお立ち台が設けられていたのです。促されて、私もみなに続いて綿摘みに加わりました。三つに裂けた綿実の殻から少しはみ出した白い綿。白く咲く花のようです。指先でつまむと、思ったより簡単に殻からすうっとはずれました。綿は夜露を含んでしっとりと濡れていました。

        棉の実の花のごとくに露ふくみ     中村笙川

(次回に続く)

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