kitombo.com | チェンマイ俳句歳時記 | 2003年12月1日 
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チェンマイ俳句歳時記
「ジュラカティン(カチナ衣献上祭)その2」

坂本 茉莉
12月1日

 カチナ衣献上祭のために摘み取られ、篭に入れられた綿。俳句の世界では、綿摘み、草綿、棉の実は秋の季語です。「ジュラカティン」の行なわれた北タイのメーチェムでも、11月は秋たけなわ。山間の盆地にある村々の稲田は、黄色く色づき始めています。近づいてみると、稲の穂は重そうに頭をたれて収穫の日を待っているようです。その稲田に面したところに、この儀式が行なわれている寺が建ち、その脇に棉が植えられているのです。季語の中にはおもしろい表現があります。綿が裂けた殻から出ている様子を「綿吹く」と呼び、また綿の実りを「綿笑む」と表現することもあります。

        吹き切って落ちんばかりに露の棉    水木祥壱

 少女が摘み取った綿は本堂の仏前に供えられ、幻想的な綿摘みの儀式は終了しました。この後、献上祭参加者はいくつかのグループに分かれ、夜通し綿まみれになって働きます。綿繰り担当になった私は、綿繰り機の取っ手をひたすら回し続けました。夜露を含んだ綿は繊維が固く締まっていて、綿繰り機に入れてもうまく種がはずれません。なぜ昼間から綿を干し準備していたのか、このときはじめて納得しました。綿から種をとった後は、弓形をした「綿弓」という道具で綿の繊維をほぐし柔らかくします。それから、綿紡ぎのために綿を細い管状に丸め、糸紡ぎ作業に取りかかります。糸紡ぎは非常に難しく、何度トライしても糸がブツブツ切れてしまいます。晴れ着を身につけたおばあさんたちは、いとも簡単に綿糸を繰り出していき、指に糸が吸いついているかのようでした。
 本堂の外では紡ぎ終わった糸を使って、織の作業も始まっていました。夜通し各作業が続けられ、明け方近くからは織りあがった白い綿布を、衣に縫い合わせるグループの作業開始です。縫い物が苦手な私は、眠気覚ましに本堂の外に出てみました。バナナの葉や色とりどりの花を飾りつけた割竹柵の囲いの中で、草木染めの準備が整っています。ジャックフルーツの幹芯を煮た染液の鍋。鬱金の根を細かく砕いたものに、オトギリソウ科のガンボウジノキの未熟果実(鬱金染めの定着剤として使用)を砕いたものを加え、布で濾した染液。献上する僧衣は、昔から伝わる染料によって渋い黄色に染められます。
 午前4時49分、新しく建立された本堂のご本尊様に心臓を入れる儀式がありました。このご本尊はタイで最大の総チーク材製仏像。膝幅(坐仏の左右の膝端までの間隔)が3.5メートルもあるそうです。仏像の心臓は、銀細工に金箔を張り付けたもので、菩提樹の葉に似た形をしています。数枚垂れ下がった葉状のものは、それぞれ腎臓やすい臓など人間と同じ臓器をかたどっているとのこと。数人がかりで仏像の裏にのぼり、心臓を入れる入り口から無事入れ終わりました。そのあと、心臓を入れた仏像から僧侶、儀式の参列者全員をつないだ聖糸を手に持って、僧侶の読経を拝聴します。読経が終わると各自自分の持っていた部分の糸を切って、お互いの手首に結び合います。この聖なる糸を体につけていれば、悪霊や災いから免れるという信仰があるのです。

 翌朝8時半過ぎ、仮眠から目覚めてぼうっとしたまま、カチナ衣献上祭のハイライト、献上行列を見に行きました。完成した衣は、献上祭会場の寺から少し離れた地区に運ばれ、そこから踊り子を先頭にして行列が稲田の畦道を進んでいきます。太鼓や銅鑼のお囃子に合わせて、身をくねらせる独特の踊り。赤や黄色の幟が稲田の畦道を行く様子は、なぜか懐かしく、昔見た黒澤映画のロケシーンのように思えました。広々とした稲田と、乾季特有の澄み切った青い空。行列に加わっている地元のおばあさんたちは、自分で織った晴れ着の腰衣を身につけ、髪に結った髷には色鮮やかな花を飾っています。晴れ着の腰衣は、黄色を基調として赤や紺、オレンジの色糸が織りこまれているので、それだけ見るとかなり派手な色調ですが、緑豊かな自然を背景にすると全く違和感がなく、かえって布の美しさが引き立ちます。隣でバチバチ写真を撮っていたバンコク出身の青年は、畦に足を取られて田んぼにころがってしまいました。
 献上の行列は寺の境内に入り、踊りを奉納しながら本堂の周囲を三周まわります。着飾った村人が老若男女みな踊り騒ぐ様子は、本当に素朴な村祭りという雰囲気です。オカマっぽいしぐさの男性が身をくねらせて派手な踊りをすると、みながワーッと囃し立て一段と盛り上がるのです。ひとしきり騒いだあと、本堂で最後の儀式、カチナ衣献上が行なわれました。参列者全員が声をそろえ、無事に衣ができたので献上させてくださいと唱え、それに対し僧侶がOKを出します。今年は本尊が完成した年なので、ご本尊用の黄色い衣も献上しました。チーク材の本尊に衣が着せかけられて、すべての行事は終了しました。
 外に出てみると、地元のおばあさんたちが銀の器に寄進の品物を入れて待っていました。最後の献上儀式に参列したのは、実はほとんどが村人以外の客人だったのです。村の人たちは、客が帰ったあと静かに本堂で寄進と祈りを捧げるのでしょう。祭りの主人公である村人をさしおいて、外国人や都会の客が最前列で儀式に参加したのは、とても申し訳なかったと思います。

        棉吹くや畦にまろびし都人       茉莉

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