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一万二〇〇〇年前に九州の種子島で作られた縄文土器。見事な造りだが、なぜ種子島に高度な文化が存在したのだろう。古代エジプトで土器が作られ始めたのはそれから五〇〇〇年ぐらいあとだ。中国でも一万年前には土器があったが、日本のものほど精巧ではない。 |
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鹿児島の上野原縄文遺跡にある連結土坑。片側で火をおこし、もう一つの穴から煙を出して食べ物を蒸した。ここからは七〇〇〇年前、九〇〇〇年前の土器がでてくる。この土地で縄文人は豊かな定住生活をしていた。 |
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青森県三内丸山遺跡(縄文前期〜中期。四五〇〇年前頃)で発見された土偶。祭りに使われてたのだろうか? 当時の縄文文化は各地で特産品を製造しており、交易が盛んで、シベリアなどにも頻繁に出かけていた。 |
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まったく同じ文様を与那国島の海底でもよく見かけるが、関係があるのだろうか? これは縄文時代に勾玉を加工するために使われたという。 |
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沖繩の海底でもよく似たような石の一群を見る。 |
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このような石の配置は与那国島沖、慶良間諸島の沖の海底でも見た。 |
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奈良の飛鳥にある益田の岩船。七世紀ごろに作られたものだと言われるが、真相は不明。巨石に見事な加工がされている。 |
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四国の足摺岬にそびえる巨石。前には黒潮が流れ、縄文人はここからアメリカやポリネシアへの旅をしたのではないか? この巨石の表面を磨くと鏡のように滑らかになる。 |
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縄文のヴィーナス。地中海のクレタ文明にもそっくりな土偶が発見されている。 |