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歳差運動の説明歳差運動の仕組み 地球は自ら回転(自転)して、太陽の周りを回っている(公転)。だが、地球にはそれ以外の動きがある。その一つが歳差運動で、太陽と月の引力などの影響で起こる独特の回転現象だ。北極と南極を結ぶ線を地球の軸とすると、この軸の両端が旋回運動をしている。子どもが遊ぶコマが止まりかけるときに、軸の上部が旋回する動きとよく似ており、回転方向は自転方向とは逆だ。この歳差運動のため、地上から見ると、星空が定期的に回転しているように見える。だが、その動きは長い間観察しないとわからない。なぜなら旋回を一回終えるのに二万五七七六年もかかるからだ。したがって軸の北極側や南極側を延長した先端は、二万五七七六年かけて円を描くので、北極星も時代によって変化している。 このような現象を西洋世界ではじめて発見したのは、紀元前一〇〇年頃に生きていたヒッパルコスだと言われている。だが、これは西洋人から見た歴史であり、実際には、古代エジプトや古代中国、古代インドや古代メソポタミアなどの文明は、もっと古くからこの現象に気づいていたようだ。五万年〜一〇万年前から夜になると星空を眺めていた現代人と同じ頭脳を持つ人々が、このような現象に気づかないはずがないだろう。
黄道さて、黄道とは太陽の通る道のことを言うが、この黄道の背後には星が輝いている。もちろん昼間は星が見えないが、夜明け前ならよく見える。太古の昔から、春分の日の夜明けに太陽が通りぬける星座は特に注目されてきた。その星座は一二あるが、これらは黄道十二宮と呼ばれている(図参照)。この変化は歳差運動によって引き起こされている:太陽の昇る直前に真東に昇る星座は太陽が安住する「場所」だった・・・星座は太陽を「運ぶもの」とされ、春分が「システム」の起点とされた・・・注11 つまり、春分の日の夜明けに東の空からの昇る星座によってそれぞれの時代が決められてきたのだ。ちなみに現在は、春分の日の日の出の直前に東の空から昇ってくるのは魚座であり、魚座の時代だ。もうすぐこれが水瓶座に代わる。つまり、もうすぐ水瓶座の時代になるのだ。 一つの星座がこの春分の夜明けに地平線から昇るのはおおよそ二一六〇年間だ。したがって魚座の時代が始まったのはキリストが生まれたころであり、その時代が現在まで続いていることになる。 地球の軸の先端は円を描いている訳だが、円である以上、一回転を三六〇度に分けることができる。二万五七七六年を三六〇度で割ると七一・六年となる。つまり一度=約七二年となる。円を三六〇度とする習慣も起源は不明だが、太古から世界中で採用されている。
歳差運動の数字天文考古学者のジェーン・B・セラーズは以下のような数字を「歳差運動の数字」と呼んでいるが、これらの数字が多くの神話や太古の遺跡に使われている。多くの人々が、古代の人々が何かを伝えている意図的なメッセージではないかと考察をしている。簡単に歳差運動の数字を列挙してみよう。
歳差運動と黄道十二宮の星座は、密接な関係にあるわけだが、黄道十二宮の星座がいつごろ命名されたかも謎だ。最新の学説では紀元前八〇〇〇年頃にはすでに古代エジプトにおいて確立されていたという。注12 中国の十二支もまた黄道の通り道を一二に分割して、それぞれに子(ネ=ネズミ)、丑(ウシ=牛)、寅(トラ=虎)などと動物の名前をあてている。南方熊楠氏は「日の黄道を一二にわけて十二支とし、これに一二獣をあてたのは中国固有のもので、遠く周の時代に始まった」という。注13 周の時代というと紀元前一〇〇〇年という昔だ。このころに十二支の考えが始まったとすると、それまでの長い歳月、天体観測の蓄積があったにちがいない。あるいはもっと古代に存在した文明からの遺産だったのかもしれない。中国の十二支はエジプトやメソポタミアで生まれた黄道十二宮と、似た発想であり、どこかに共通する根っこの存在を感じさせる。
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