インドネシアの農民の娘デウィは、日本人の家でメイドとして働くことになった。場所はインドネシア第二の大都会スラバヤ。
一七歳といっても、もうすでに四年間、社会の荒波にもまれてきている。
そして、「人を信じることはできない」ことを知っている。
一方、日本人の奥様は大学を出てから三年目。インドネシアに来て三ヶ月。
まだ言葉も分からず、メイドを使った経験もない。
この二人は一九××年八月×日に初めて顔を会わせ、そしてその日から、同じ屋根の下での生活が始まった。
第一章 デウィお金はどこ?
不安そうな眼
「スタマット・パギ、ニョニャ」
と、私は初めての挨拶をした。
日本人の奥様は、チラッと不安そうな目でわたしを見て、
「スラマット・パギ・・・」
と言った。
奥様は童顔で色が白い。
サリーさんから奥様の年齢を聞いていなかったら、自分と同じ年と思っただろう。
そしてあの「不安そうな目」にはわたしもとまどった。
奥様は一見、中国人のように見えるけど、でもあの不安そうな目は中国人とは違う。
「デウィこの子がエニーよ。二人で仕事の分担を決めなさい」
と、大学生のサリーさんに言われた。
「デウィ部屋に行こうか」
「ええ、いいわ」
エニーに連れられてメイド部屋に行った。
「エニーはいつからここで働いているの?」
「八月はじめよ。それからずーと一人ぼっち。デウィが来てくれて良かった。仲良くしようね」
「うん、ここのご主人様ってどんな人? それに家族は何人?」
「ご主人様は背が高くて口ヒゲはやしてる。家族は、えーと、奥様、ご主人様、それに大学生のサリーさん、ティアナさんの四人よ。あっ、それに子犬が一匹いる」
「乱暴なことされない? 例えば殴るとか?」
「そんな心配、全然ないよ」
「フーン・・・」
「エニー、お茶を出してちょうだい」
奥様がメイド部屋まで来て言った。
「はい!」
エニーが部屋を飛び出し、残ったわたしは奥様と顔を見合わせた。奥様の瞳に軽く不安の影が走ったが、でも、すぐ柔らかく微笑んだ。その時、奥様の両頬に大きなエクボができたので、思わずわたしも、ニコッと笑ってしまった。
これが、わたしと奥様との、初めての出会いだった。
この時のことは、今でもわすれられない。そして、あの日に感じたような「とまどい」は、この家で働いた一七ヶ月間に、いろいろな形で味わった。
それというのも、日本人の「わたしの奥様」の物の見方、行動が、インドネシアの常識からは、かけ離れていたからだ。わたしがこれまで見てきた世界と、この家の世界は、大きく異なっていた。
今になって思うと、一三歳から一七歳になるまでの四年間は、苦しいことばかりだった。
胃が痛くなることはあっても、心の安らぐ楽しいひとときは、は少なかった。そしてわたしは人間不信におち入り、疲れ果て、最後は病気になってしまった。
だが、奥様との一七ヶ月は夢のように楽しく、あっという間に過ぎ去ってしまったのだ。わたしは自分に自信を持つようになり、少し賢くなったと思う。その上、健康になった。
この違いは何なのだろう?
その理由を理解するためにも、わたしはまず、自分自身の過去を振り返ってみる必要があった。
そして、わたしの過去を振り返るとき、すべては、父の死から始まるように思える。
(つづく)