わたしたちの住むドーバー村は、歌で有名なブンガワンソロ河の西岸にある。村の中央には黄色い水の小川が流れ、木々がうっそうと茂り、子供たちが素裸で水遊びしている。やせたニワトリがあちことと忙しく地面を突っつき、山羊もせわしげに草を食べている。
一見、平和でのどかなこの村も、でも本当は貧しく農民はボロをまとい、借金で苦しんでいる者がほとんどだった。
貧農の娘は一二〜三歳になると、都会に出稼ぎに行かされた。それが当たり前だった。
「デウィ、わたし、小学校やめて姉さんの手伝いをするよ!」
一一歳に成長した妹だった。
「なんで?いいよ。せめて小学校ぐらいでたら・・・」
「イヤ!姉さんだって小学校卒業してないじゃない・・・わたしだって卒業するわけにはいかないよ」
甘えん坊だった妹がこんなに変わるとは・・・いろいろ話してみたけれど、結局、言うことを聞かなかった。
「それじゃ・・・ティとわたしは都会に出稼ぎに行くのがよいみたいね」
ドーバー村に居てもなんとか食べることはできた。だけど、新しい服を買うことはできない。こういう場合、都会に出てメイドをするか、工場で女工をする他なかった。だが、小学校を卒業してない私達は、女工の仕事もなかなか見つからない。
ティはスラバヤという、人口三百万人の大都会に出て、クスリ屋さんで働くことになった。兄が探した仕事だった。ティが村を去って三ヶ月ほどしたら、兄はわたしにも仕事を見つけてくれた。
一三歳になって、わたしは生まれて初めて村を離れた。不安で胸が締めつけられた。村から一時間ほど歩き、バスに三時間半ほど揺られて、大きな都会に着いた。兄が連れていってくれたのは、小さな中華料理店だった。ここでウエートレスの見習いをすることになった。
この店の主人は女性で、太った赤ら顔にメガネをかけていた。怒ると迫力に満ちていて怖かったけれど、笑うとエクボのできる気のやさしい人だった。四人座れるテーブルが一〇ほどあるこの店にメイド兼ウエートレスは六人もいた。コックとボーイも四人おり、計一一名でこの小さなお店を動かしていた。
お店は小さくても繁盛しており、息つく暇の無い忙しさだった。わたしは、初めての仕事で見るもの聞くもの珍しく、夢中で働いた。昼間は忙しく気が紛れたが、夜になると母が恋しく、いつも一人で泣いていた。
「デウィ、スーシーと一緒に買い物に行っておいで」
と、女主人に言われて、初めて市場に行ったのは三週間ほどたってからだった。お店の買い物は、毎朝女主人がコックを連れて行ってしていた。だから、今日の買い物は、何かを追加で買うらしかった。
市場は人でごった返していた。あちこちに野菜や果物が並び、なんでも売っていた。広くて迷い子になりそうで、わたしは必死でスーシーの後ろを追っかけていた。
「デウィ、これおつりよ。ポケットに入れておき!」
スーシーに言われて、わたしはその小銭をポケットに入れた。スーシーは当時一八歳だったと思う。色が黒く痩身で、目がギョロギョロしており、気のきついお姉さんだった。
買い物カゴを一杯にしてお店に帰り、女主人に報告をしたときだった。
「おつりは?」
と、スーシーに聞かれて、ポケットから預かったお金をジャラジャラと取り出しテーブルの上に置いた。
「足りないじゃないの。どこへやったの?」
スーシーは目をギョロギョロさせた。
「そんな・・・知りません」
「しょうのない子ね」
「でも・・・」
「デウィがお金を落としてしまって・・・」
と、言いながら、スーシーは女主人におつりを渡した。
「ダメねー。デウィは子供なんだからお金を持たせないでちょうだい」
女主人は渋い顔をした。
あるべきお金が三百ルピアほど足りなかったのだ。三日分の給料と時同じ金額だし、大金だった。でもわたしは絶対になくしてなんかいない。スーシーがわたしに渡したとき、すでに足りなかったのだ。わたしはそう叫びたかった。でもその時は声にならず、ただ泣いていただけだった。
この小さな事件は、わたしにとっては大事件であった。わたしは生まれて初めて人に対して不信の念を持ったのだ。
(つづく)