kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年5月17日 
kitombo.com

デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(4)」

大地舜
5月17日

わたしはサルじゃない

 仕事を見つけてくれたのは、やはり兄だった。場所はスラバヤ市。わたしはある中国系の家にメイドとして住み込むことになった。
「スラマット・パギ・ニョニャ」
「この子をメイド部屋に連れて行きなさい」
 上品な顔をした奥様は、わたしの挨拶は無視し、笑いもせず他のメイドに指示をしていた。やさしそうな顔なのに、厳しい目が怖かった。
「このベッドに三人寝るのよ。狭いし暑くてかなわないけど、二階のメイド部屋よりましよ。あそこはカンカン日が当たっていられないわ」
「このベッドに三人も?」
「そうよ」
「もう一人は?」
「あー、今買い物に行っているわ。トワンさんという、四〇歳のおばさんよ。料理専門なのよ」
 先輩のメイド、ティーウィーはもうこの家で働いて二年になり、年は一六歳だという。目はパッチリ、鼻の高い可愛い子だ。
「わたし、メイドは初めてで何にも分からないだけど・・・」
「えー分かってるわ。やることは山ほどあるからね。明日から教えてあげる。朝は五時起きよ」

 朝五時に起きた。外はまだ真っ暗だ。ふろ場に入りマンディー(水浴び)をして、ようやく目が覚めた。
「デウィ、まず洗濯よ。日の昇る前に全部干し終えるのよ」
 ティーウィーはたらいに水を入れ、ゴシゴシ洗い始めた。わたしはもスカートをまくりあげ隣にしゃがんで洗い始めた。
 洗濯物を物干場で干し終えた時、空はもう明るかった。
「次は掃除よ。デウィは居間の床を拭いてね。わたしは庭掃除よ。みんなが起きてくる前に終わらすのよ!」
「はい」
 台所の方を見たら、トワンおばさんが忙しく家族の朝食を作っている。トリのスープのいい臭いがしてきて、思わずグウーとお腹が鳴った。
 家族の人々が起きてきたが、マンディ(水浴)をすませ、食事をし、あっという間に外出してしまった。どうやらこの家には娘が二人、息子が二人いるようだった。
「デウィ、食堂に行くのよ。余っているものは何でも食べていいからね。でも台所で食べるのよ」
「えっ?食べ残しを?」
「えーそうよ。メイドは食べ残しを食べるのよ。当たり前じゃない」
「・・・・・・」
 トリのスープは冷たくて、中身も無かった。結局、三人とも冷たいご飯にスープと唐辛子をかけて食べた。
「さあ、今度は食堂とベッドルームの掃除よ。デウイは食堂と一階の寝室、わたしは二階の寝室ね。宝の品物には触っちゃダメよ」
「はい」
 掃除が終わったのは一一時過ぎだった。寝室は七部屋もあり、それにベランダ、ガレージ、ゲーム室も掃除した。
「休もうか」
「わたし、もうクタクタ」
「そのうち慣れるわよ。わたしはトワンさんと昼食を作らなくちゃ。デウィも来る?」
 わたしはティーウィーの後ろについて台所に行った。お昼の用意は奥様の分だけで簡単だった。そしてメイド用の昼食の用意は台所の外で始まった。
「どうして台所のプロパンガスを使わないの?」
「禁止されているのよ。メイドはメイド用の灯油コンロと食器を使うの。ナベ、カマも一緒にすると怒られるわよ。ほら。みんなブリキ製でしょ。安物だから焦がしたらすぐに穴が開いちゃうわよ」

 昼食が終わったら、午後からはアイロンがけだった。今朝干した洗濯物はカラカラに乾いていた。
 そして待望の昼寝の時間!
 どのくらい時間がたったのだろう。ウトウト、と、したと思ったら、アッという間にティーウィーに起こされた。
「もう夕方よ。前庭と中庭、それと寝室に殺虫剤をまくの。手伝って」
 わたしは寝起きの悪い方ではないけど、でも今日は疲れて頭がボーとした。なんとか殺虫剤をまき、トワンさんの夕食準備を手助けしていたら、頭もスッキリしてきた。

 夕食はにぎやかだった。家族全員が一緒に食事をしている。わたしが料理を食堂に運んで行ったら、突然、家族の人たちの会話が中国語に変わった。内容はまったく理解できない。口の大きな、切れ長の目をした娘がわたしを指差し、何か言った。旦那様をはじめ全員がドッと笑ったので、わたしは慌てて逃げ出した。
 食事が終わると家族はみんな居間に入り、テレビを見ていた。そしてわたしたちは、やっと残飯にありつけた。
「ティーウィー、わたしもテレビみたいなー。色のついたテレビなんてまだ見たことないの」
「ダメよ!居間に入ったら怒られるからね。そうね・・・。中庭からのぞき見する他ないな」
 わたしは中庭をグルッと廻ってメイド部屋に戻った。覗き見は嫌いだったので我慢することにした。

 わたしにこの家の仕事がつとまるだろうか?でも、まだとても田舎には帰れない。母は悲しむだろうし、弟や妹もがっかりするだろう。まだ今日は初日なのだ。わたしは役に立たないから「帰れ!」と言われるだろうか?ティーウィーの隣に横たわり、わたしはなかなか眠れなかった。
 朝方、ドーバー村へ帰った夢を見た。わたしは一文無しでお土産も無く、母と弟、妹の前に立っていた。寝汗をビッショリかいて目を覚ました。心臓が止まりそうだった。

(つづく)

これまでのコラム
kitombo.com