三週間がたった。
わたしはどうにか勤まっていた。そしてこの家のこともいろいろ分かり始めた。
旦那様は小さいながらもヤシ油製造会社の社長で、毎朝、長男坊を連れて会社に行っていた。切れ長の目をした娘は長女でどこかの会社の秘書だった。もう一人の娘は高校生で、もうすぐシンガポールの大学に留学するという。一番下の年下は高校生の男の子で、いつも静かで目立たない。
この家で一番怖いのは、切れ長の目をした娘イメルダだった。細い体で、よく病気になるイメルダは気が強く、頭の回転も早い。怒るとただでさえ大きな口を、顔が裂けるほど大きく開け、目を三角にして怒鳴る。本当に恐い。笑えば可愛い顔なのに、どうしてこんなに恐ろしい顔ができるのだろう?
「あのー、兄が来て妹が病気だというんです・・・。二〜三日お暇をください」
ある日ティーウィーは恐る恐るイメルダに尋ねた。
「だめよ! この間休んだばかりじゃないの。それよりこの頃洗濯物がきれいになってないよ。もっとしっかり洗いなさい」
数日たって、またティーウィーのお兄さんが訪ねてきた。
「田舎じゃみんな待ってたぞ。妹の病気はもう峠を越したからいいが、お前に縁談があって、早く帰って来いと言ってたぞ」
「兄さん、とても暇を貰えそうもないの。もう二度も頼んで駄目だと言われたし・・・」
「ふん、そうか。じゃ親父にはそう連絡しといてやるよ」
「ありがとう。兄さん」
一ヶ月ほどたったら、ティーウィーのお父さんが迎えに来た。ティーウィーを連れて帰り、結婚させたい。との事だった。ティーウィーは美人だから、話はすぐにまとまるだろう。
「ティーウィーはまだ辞めさせません。ようやく料理を覚えたのに、今辞められては困ります。絶対辞めさせませんからお帰りください」
イメルダの母親は、そう言ってティーウィーのお父さんを帰そうとした。
「そう言われますが奥さん、ティーウィーはもう年頃だし、今回の縁談はまたとない良い話だし、是非ともお暇を貰わなきゃなりません」
お父さんの物腰は低かったけど、負けてはいなかった。そしてこの押し問答は玄関の外のベランダで、三日間も続いた。
「娘を帰してくれるまで、わたしはここから一歩も動きませんよ」
お父さんはとうとう怒りだし、玄関の前に座り込んでしまった。
奥様もイメルダもとうとうあきらめ、渋々ティーウィーを辞めさせることにした。
わたしやトワンさんの見たところ、奥様にもイメルダにも、特にティーウィーを引き止めておく必要は何もなかった。ただ、新しいメイドを探すのが面倒だったのだ。それと、メイドを探すときにかかる五千ルピアの手数料が惜しかったのだ。
ティーウィーが去り、新しくスリが仲間に加わり、同じような毎日が続いた。
その日、奥様も外出してしまい、家にはわたしとスリしか居なかった。スリはイメルダの部屋に入り、何かゴソゴソやっている。やがてスリはテープレコーダーを片手に部屋から出てきた。
「デウィ、このテープ聞いてみようよ」
「駄目よスリー!レコーダーに触ったら怒られるわよ!」」
「大丈夫、わかりゃしないよ」
スリーは一六歳になったばかりだが、世慣れしている。丸顔で、小太りで、動きは鈍いが真面目に働く。
スリはテープをレコーダーに入れ、スイッチを入れた。だがなんの反応もない。
「ネー、デウィ、やり方知らない?」
「知らないわ。それより早く部屋に返さないと・・・」
「アッそうだ。多分この赤いスイッチを押すんだよ」
スリはいろいろ操作してみて、やっと音楽が流れだした。わたしたちは音楽を聞きながらその日の午後を楽しんだ。
二日後の日曜日だった。お昼に、イメルダが血相を変えてメイド部屋に来た。
「スリ!テープレコーダーに触ったわね!わたしの大切なテープレコーダーにお前の声が録音されていたよ。このドロボー猫!だいたい読み書きもできないくせにテープレコーダーに触るなんて生意気だよ!人間じゃないんだよ!」
イメルダはそう怒鳴るとテープをスリめがけて放り投げた。イメルダは居間に戻って、奥様に何かわめいていた。この日から、スリは寝室の中に入ることも、外出も禁止された。
この事件のあと、スリはイメルダに目の敵にされた。
「スリ、この洗濯物はなんだい?汚れが落ちてないよ」
バシャとタライの中に洗濯物が放り込まれ、スリは顔まで水を浴びた。
「スリ、油が全然とれてないよ。もっと力を入れてお拭き!」
スリはガレージの床を拭いていた。
「ちゃんとやってます。お嬢様」
スリはふくれっ面をした。
イメルダは外からバケツに水を入れてきて、床に流すかと思ったら、いきなりスリに浴びせた。
「遊んでないでしっかり拭くのよ!」
午後の三時で、スリとわたしはメイド部屋で寝ていた。
いきなりドアが開いた。イメルダだった。
「スリ、デウィ、今日は窓ガラスを拭けと言っておいたじゃないの!」
「拭きましたけど・・・」
「肝心な居間のガラスが拭けてないじゃないの、このバカ!今すぐ終わらせなさい!」
イメルダの瞳に憎しみの炎がチラチラしていた。
居間の高窓のことだと、すぐ察しがついた。高い所で恐ろしかったので手を抜いたのだ。でもせっかく昼寝の時間なのに・・・。スリもわたしもブツブツ言いながら居間に行った。イメルダは腕を組んで、仕事が終わるまで見張っていた。
(つづく)