kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年6月28日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(10)」

大地舜
6月28日

日本人って殴るの?

 わたしの兄はスラバヤ市郊外の小さな工場で働いている。この工場では石造りの流し台、便器、風呂桶、床などを製造している。兄夫婦はこの工場内に住み、守衛兼職人をしていた。わたしは兄を訪ねて何度もこの工場に来ており、自然と工場主の家族とも親しくなっていた。
 工場主は三〇歳くらいの中国系インドネシア人だった。高校卒業後すぐに父親の仕事を引き継いで、家族みんなを養っている。中国系といっても純粋(アスリ)ではなく、ジャワ人の血も入っている。
 父親は遊んで暮らしている。工場は息子にまかせ、自分は家でブラブラし、ときどき、闘鶏の賭事に熱中し、また思い出したように、息子の仕事を手伝ったりする。
 母親は気の優しい働き者で、これまで工場がやってこれたのも、この母親の力が大きかったと、言う。人の面倒見もよく、貧しい親戚がよく頼ってきていた。
 この家には娘も三人いて、長女はドイツに留学中、次女は国立アイルランガ大学の学生、三女は高校に通っていた。
 わたしは特に次女のサリーさんに可愛がってもらっていた。
 兄の使いで初めてサリーさんの家に行ったとき、「お使いご苦労さん。これお食べ」と言ってくれた、イチゴ型のキャンディーのおいしかったこと、今でも覚えている。それ以来、わたしはサリーさんが大好きだ。
 サリーさんは子供の頃の病気のせいで、左足が少し細い。サリーさんが人一倍優しい心を持っているのは、この病気で苦労したからかなあ、といつも思う。
 サリーさんからの短い手紙が届いたのは、ドーバーに戻って三ヶ月ほどになり、大分元気を取り戻した時だった。
 この三ヶ月の間、わたしはほとんど寝て暮らしていた。医者にかかった訳ではないから、何の病気かよく分からない。母は、肝臓が悪いのだろう・・と言う。ただ体がだるく、何をしてもすぐ疲れてしまうのだった。

「親愛なるデウィ、体の具合はどう?わたしはヒョンな事から、ある日本人の家に下宿しています。この家では今、よいメイドを探しているので働きにこない?日本人というと乱暴者、という印象があるけど、ここの夫婦は大丈夫です。もし勤める気があるなら、至急わたしの家に来てください・サンパイ・ジュンパ・ラギサリー」

「マーンマ、サリーさんの手紙どう思う?」
「そうだねー。わたしは止めておいた方がよいと思うよ。日本人は短気で怒るとすぐ殴るというし・・。それに昔、日本の軍隊が国道を行進するのを見たけど、気が荒そうで恐ろしかったよ」
「ヘー。すぐ殴るの?でもサリーさんが一緒に住むし、乱暴はしないと書いてあるよ」
「あー、サリーさんが住んでいるなら、まあ心配はないねー。でもねーデウィ、お前はもうそろそろ結婚も考えないとねー。お前を欲しいと言っている人がいるんだよ」
「えー、ほんと?でも、わたしはまだ、そんな気になれないなー、男は恐いわー」
「でもねーデウィ、女は男に可愛がってもらうのが一番幸せなんだよ」
「嫌だマーンマ・・・わたし、結婚なんてまだしたくない。だから外国人の家でも働いてみたいな」
「そうかい?じゃーしようがないね。でも嫌になったらすぐ戻ってくるんだよ」
「そうする、マーンマ」

 わたしはもっともっと自分自身を試してみたかった。そして人に騙されない強い人間になりたかった。それには、母のところに居ては駄目なのだ。

 三週間ほどたって、体調が良いことを確認してドーバーを出た。今度で六度目のお勤めであり、わたしは一七歳になっていた。妹や弟が別れを惜しんで村はずれまで送ってくれた。この妹や弟のためにも、わたしは強くならなければいけない。

 サリーさんの家は、オランダ人街のはずれにあった。隣はキリスト教会だ。この辺りは大通りの横道で、朝早くから市場が立つ。昼前に市場は終わるが、その後も人通りは絶えない。
 サリーさんの家は通りに面した所で流し台などの製品を売っている。家族が住んでいるのは、ずーと奥のほうだ。
 サリーさん一家はお金持ちのはずなのに、とてもそうとは見えない。家は大きいけど庭がない。立派な家具も置いてない。白壁の建物は石造りだけど相当古い。ただ居間の白いピアノだけが、お金持ちの家にふさわしい。
 サリーさんは不在だった。
「アミーおばさん、サリー姉さんはいつ頃帰ってきますか?」
「金曜日には帰ってくるよ。それまで家に居なさい。日本人の家には電話がまだなくてねー。連絡がとれないんだよ」
 アミーおばさんもこの家の一員だ。もう四〇歳を越えているが独身で、会社勤めをしている。その給料の一部で貧しい親戚の男の子を一人預かり、高校に行かせている。
「デウィ、お母さんは今度のお勤めに賛成してくれたかい?」
「いえ、反対でした。でも、サリーさんが一緒に住むというんで安心したようです」
「そうだろうね。先日メイドのなり手が二人ほどあったのよ。でも勤めが日本人の家と分かるとね、その足で帰ってしまったよ。日本人はすぐ殴るから嫌いだと言ってね・・・」
「今、誰かメイドが居るんですか?」
「ウン、一人居るそうよ」

 夕方になったら家族がみんな帰ってきた。夕食は家族が食べ終わってから、この家にもう二〇年住み込んでいるメイドと一緒に食べた。夜もこのおばさんの部屋で寝た。
 サリーさんは土曜日に帰ってきた。
「デウィ、待ってたのよ。明日行くけどいいわね?」
「はい」

 日曜日の朝、サリーさんが教会から戻ってから、いよいよ日本人の家に向かった。
 サリーさんのお兄さん、つまり工場主がトラックを運転し、連れて行ってくれた。
 街の中心から車が東に行くと、やがてずっと昔にオランダ人が築いたという橋があり、その下を鉄道が走っている。橋を渡ると左手にオランダ風の白い建物が目に入る。国立アイルランガ大学医学部の建物だ。道路の右手には、やはり白くて大きな大学病院があった。サリーさんの通っている法学部も、この近くにあるそうだ。道の両側にはワルン(屋台)がひしめきあっており、賑わっている。
 日本人の家はここからまだだいぶあった。五分ほど走って住宅地の入り口を右に入っていくと、左側は野原で右側に高級住宅が並んでいた。道の途中から左側にも家が並んでいたが、その最初の茶色い壁の家が目指す家だった。二階建ての大きな家だ。
 車を降りるとサリーさんはどんどん家の中に入っていく。工場主の後ろについて家の中に入っていくと、サリーさんはキャキャと笑いながら日本人の奥様と話している。ご主人様はテニスに出かけているらしい。
「ギラ(キチガイ)もいいとこねー。こんなに暑いのにテニスするなんてー。ところでカズエ、新しいメイド連れてきたわよ。デウィというの。デウィ、奥様よ」
「スラマット・パギ・ニョニャ」
「スラマット・パギ・デウィ」
 奥様はチラッと不安そうな目でわたしを見た。
 サリーさんと話している奥様の顔は、笑顔が柔らかいので少し安心した。
 メイド部屋はガレージの脇、台所の隣にあった。小さな部屋にベッドが二つ並んでいる。部屋の壁はクリーム色で明るい。
 先輩のメイド、エニーは、サリーさん、工場主にお茶を入れてメイド部屋に戻ってきた。笑うとエクボの可愛い、人なつっこい子だ。会ってからずーと上機嫌でニコニコしている。着ている服も上等で顔立ちもメイドらしくない。読み書きもできるようだし、一見お嬢様風だ。

「エニー、わたしは何をしたらいいの?」
「じゃ、洗濯やってくれる?掃除は二人でやればいいし・・・料理はわたしがやれるし・・。あっそうそう、犬の面倒見てくれる?まだ子犬なんだけど、わたし恐ろしくて・・」
「えーいいわ。犬の名前は何ていうの?」
「名前は日本語で、クロっていうの。ヒタム(黒い)という意味だって。すごく気が強くていたずらなの。気をつけないと咬まれるよ」
「今どこにいるの?」
「今頃はいつも表のベランダで昼寝しているわ」
 わたしは動物が大好きだ。ネコでも犬でもすぐ仲良くなってしまう。
 この日の午後はずーとエニーのあとに付いて歩き、二階の物干場に上がったり、隣の家のメイドに会ったり、犬の世話をした。
 夕方テイアナさんが友達の女子大生を二人連れてきた。テイアナさんもサリーさんと一緒に下宿しているのだ。色が白くて利口そうな目をしたテイアナさんは、やはり中国系のようだ。
 客間の方からは笑い声が絶えない。わたしの事も話題になっている。そしていつの間にやら、ご主人様も帰宅していた。

 その夜、エニーの身の上話を聞いた。お兄さんは、スラバヤ近郊に小さな飲食店を開いているという。
 一〇時になって寝ることになったが、なかなか寝付かれなかった。この家の事、奥様の事、チラッと見かけた気難しそうなご主人様の事、そして外国人の家に居るんだ・・・という不安で、胸が一杯だった。

(つづく)

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