kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年7月12日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(12)」

大地舜
7月12日

奥様の冒険
 奥様とサリーさんたちの午後の雑談は毎日のように続いた。
 わたしはお茶やお菓子を持っていって、そのまま床に座ってみんなの話を聞くのが好きだった。こうしていると、時間は“あっ”という間に過ぎてしまう。
 この午後の雑談を通じて、わたしは、奥様やご主人様がこの数ヶ月、どうやって暮らしてきたかを、詳しく知ることができた。

 五月からスラバヤに住み始めた奥様は、毎日のように街を自転車で走ったという。
 ご主人様の会社のスラバヤ支店やテュンジュガン通り、それに魚でも野菜でも何でも売っている大市場パサール・グンテンにまで、一人で行ったそうだ。
 距離もそうとうあるし、一年中暑いスラバヤでカンカン照りの下を走ったら、さぞ暑かったことだろう。そういえば奥様の顔は白いのに、手足は真っ黒に日焼けしていて、わたしとかわらない。
 だいたいわたしの国では、お金持ちの婦人や子供は決して自転車で走ったりなんかしない。自転車は貧乏人とメイドの乗り物だ。ちょっとお金のある人なら、オートバイに乗っている。お金持ちも自転車くらい持っているが、それはあくまでも痩せるための運動用だ。
 奥様が自転車に乗ってどこまでも行くのには、サリーさんやティアナさんも呆れて、
「止めた方がいいんじゃない?」
「危険よ」
 と忠告したそうである。
 だが、奥様は妊娠して乗れなくなるまで、毎日のように乗り廻っていたという。
「全然、嫌な目に会いませんでしたか?」
 わたしも奥様に聞いてみた。
「別に会わなかったわよ。ただ時々、ベチャの運転手やオートバイに乗った学生達が声を掛けてきて、何かからかわれているような気がしたけど。でも何を言っているか判らないし、平気だったわ。でも広い道路を横切る時は命がけね。何度も衝突しかかったし・・・」
 サリーさんが言うには
「そりゃー声も掛かるわよ。ヨシエはどう見たってメイドには見えないし、それに一方通行の道に入って行ったり、自転車が入ってはいけないテュンジュガン大通りを平気な顔して走っているんだものね」
 とのことだ。

 この冒険好きの奥様も、ベチャに乗ったときは恐ろしい目に会ったという。
 奥様は妊娠がはっきりしてから自転車に乗るのを止めた。そのかわりベチャとヘリチャを使って出かけるようになった。
 ヘリチャというのは三輪自動車のタクシーだ。音はうるさいけどスピードは速いし、値段もベチャと変わらない。
 ベチャは自転車の前部が座席になっており、大人二人がゆうゆうと座れる。運転手は後部のサドルに座ってペダルを踏む。夕方や夜に乗ると風が冷たく心地良い。昼間は暑いが、座席の上に日よけが付くし、風があるのでまあ我慢できる。
 この高級住宅地の入り口には、いつも一〇台ぐらいのベチャが待機している。奥様はここでベチャを拾い買い物に行く。買い物する場所に着いたらベチャを待たせておき、帰る時も同じベチャに乗る。
 ある時奥様はベチャを帰らせてしまい、流しのベチャを拾って帰ろうとした。ベチャに乗る時は、まず料金の交渉をしなければならない。
「ダルマウサダ・スラタンまで五百ルピアでどう?」
 ベチャの運転手は無言でうなずいた。インド人の様に色の黒いマドラ人で、背が高く、筋骨たくましかった。
 ベチャは走り出した。だが途中で狭い路地に入って行き、クネクネと曲がる道を走り、やがて奥様が見たこともない大通りに出た。そしてまた狭い路地に入っていく。完全に方向が違っていた。
 陽も落ちてあたりは薄暗くなり、奥様は急に恐怖を覚えたという。
「方向が違うわよ! 止めてちょうだい!」
 奥様は叫んだが、ベチャはさらにスピードを上げて走っていく。
 曲がり角でベチャのスピードが落ちた。奥様はベチャから飛び降りた。ベチャの運転手はヒョウのような素早さでサドルから飛び降り、奥様の手首をつかむ。薄暗くて、色の黒い運転手の表情は読めない。ただ、目だけが青く光っている。そして無言で“ベチャに乗れ”と手を引っ張る。
 さいわいこの路地には結構人通りがあった。奥様は勇気を振り絞り
「あなたはいくら欲しいの?ダルマウサダまで行きなさい。そしたら欲しいだけあげるから・・・」
 と言った。男はニイッと白い歯を見せた。
「千五百ルピア」
 奥様は黙ってまたベチャに乗った。ベチャは路地を抜け大通りを走り、やがて奥様の知っている道に出た。高級住宅地の入り口で、奥様は千五百ルピアという、通常の三倍の料金を払い、家に戻った。
 それ以来、冒険好きの奥様も少し注意深くなったようだ。八月中旬の今では奥様専用のようなベチャの運転手もいるし、それに“ベモ”という乗り合いミニバスを利用している。
 サリーさんティアナさんによると、スラバヤに住む外国人の奥様方は、みんな乗用車で買い物に行くそうだ。そして行く所も異臭の立ちこめる市場ではなくて、外国人向けのスーパーマーケットだそうだ。
 それから考えると、うちの奥様は“変人”だ。もっともそのかわり、この近辺の屋台や駄菓子屋での奥様の評判は良い。気楽に店に入って話しこみ、バナナの油揚げやら、氷フルーツやら、ミゴレン(焼きそば)などを食べていくからだ。
 八月の終わり頃だった。奥様はわたしを連れてパサール・グンテンに行った。二人でベチャに乗るのは初めてだ。
 ダルマウサダ通りを過ぎて右に曲がると、やがてスラバヤ市庁の前に出る。そこには大きな銅像がそびえ立っている。インドネシア独立の英雄、スディルマン将軍の像だ。
「奥様、言葉が通じなくてどうやって買い物してたんですか?」
「例のごとく、本を片手に持ってカタコトで話したのよ。みんな親切でねー。ずいぶんおまけしてくれたわ。でも最近は駄目ね。言葉が通じるようになったら、かえって交渉が難しくなったみたい」
「そうですか」
 話しているうちに右手に三階建てのビルが見えてきた。ここの一階がパサール(市場)になっている。
 奥様はここに三ヶ月も通っているし、慣れたものだ。何処に何があるかよく知っていて、サッサと歩いて行く。わたしも買い物カゴをさげて付いて行くが、ここにくるのは今日で二度目。
 市場の通路は狭く、濁った臭いが立ち込め、野菜の切れ端、魚の頭が転がっている。奥様は野菜、果物と買っていく。わたしは後ろで見ていてイライラしてきた。
「あのー奥様、あと何を買うんですか? よかったらわたしに買わせてください」
「あらそう? じゃあー、あそこでニワトリを二羽買ってくれる?」
 わたしは奥様から離れて、よく太ったニワトリを買い、奥様に渡した。
「あら、安く買えたわねー。やっぱりわたしはまだ下手なのね」
「奥様は多分金持ちの中国人だと思われているのです。奥様はもっと喧嘩して交渉しないと・・・。粘りもしないし・・・。わたしみたいに一目でメイドと分かれば、売る方もあんまりふっかけてきませんけど・・・。後ろで聞いていて腹が立ってしまって・・・」
 買い物を終えて、ベチャに食料を山ほど積み込み、カンカン照りの中、家のそばについた。
「暑いわねー。エス・チャンポールでも食べましょうか」
 奥様はベチャをある屋台の前で止めた。
「ここはわたしの行きつけの店なのよ」
 なるほど、屋台の後ろにいた落ち着いた感じの女性が、ベチャの所に来て奥様に挨拶している。ここのエス・チャンポール(氷あづき)はおいしかった。
 こんなことがあってから、時々奥様はわたしを市場に連れていってくれる。

 奥様の冒険好きな証拠はもう一つある。奥様はこのスラバヤに着いて間もない頃、街中をオートバイで走り廻ったのだ。まだ言葉もできないというのに!
 ある日奥様は、アイルランガ国立大学の見物にでかけた。校内をブラブラ歩いていたら学生達がもの珍しそうに集まってきたそうだ。
「実は、下宿希望の女子大生を探したいの。どこかに掲示板でもないかしら・・・」
 奥様は例の本を片手に聞いた。
「それじゃー。大学の事務局に相談するといいよ」
「きっと大学の方で探してくれるよ」
「男じゃだめなの?」
 学生達は色々考えてくれた。結局、男の学生達が奥様をオートバイの後部座席に乗せ、大学事務局に行く事になった。なんと一〇台のオートバイが一緒に事務局まで行ったそうだ。
 事務局での仕事が終わったら
「街を案内してあげるよ!」
 ということになり、一〇台が音をブンブンけたたましく発し、街中あちこち走ったという。
 奥様はお礼に、異臭のプンプンする河っぷちの汚い屋台で、ガドガド(野菜サラダ)をご馳走して、すっかりみんなに気に入られたらしい。
「いつでも、何処でも乗せていくよ」
「女子学生はボクらで見つけるから心配すんなよ」
「インドネシア語だって教えてあげるよ!」
 などど、大変親切だったそうだ。
 この男の子たちは二週間の間、毎日のように家に遊びに来ていたが、サリーさんとティアナさんがこの家に下宿することに決まったら、ピタッと姿を見せなくなってしまった。
 理由は、この男の子たちはジャワ人系で、サリーさんティアナさんは中国人系だったからだ。
 当時、奥様はジャワ人系と中国人系の微妙な関係について知らなかったので、両方を友達にしようと一生懸命骨折ってみたが巧くいかなかった。
 男の学生達は、奥様が中国人系の学生を下宿させたので、怒っているようだったという。

(つづく)

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