kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年7月19日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(13)」

大地舜
7月19日

奥様いじめ
 わたしは、この家で五人目のメイドだそうだ。最初のメイドは二週間という約束で、何処からか借りて来たという。そして、その後すぐに雇ったのが、ムチナというメイドだった。
 ムチナは痩せていて背が高く、髪の毛を長く伸ばしていた。顔はキツネのように細く、鼻も口もそっくり返っていたそうだ。
 料理が上手だったので、奥様は有りがたかったそうだけど、それ以外はどうにも手のつけられないメイドだったという。
 ある時、台所が異様な臭いに包まれていた。奥様が調べてみたら、ガス台の下の戸棚の中に、余った肉、野菜などが捨ててあって腐っていた。
「掃除しなさい!」
 奥様はムチナに強く言った。
「フン」
 ムチナはそっぽを向いて何もしない。しかたなく、奥様は自分で掃除したそうだ。
 またある時、下水道が詰まってしまった。下水道屋さんを呼んで調べたら、下水管にムチナの長い黒髪が一杯詰まっていたという。

「隣の家の奥さんはメイドにやさしくて、よく金の鎖や指輪をあげてますけど、奥様はわたしには何もくれないんですか?」
 ムチナはにこやかに奥様に聞いた。
「あら本当?じゃー、隣の奥さんに何をメイドにあげたかのか聞いてから考えるわ」
「いまのところはまだいいんですけど・・・」
 ムチナは慌てて、逃げるようにメイド部屋に戻ったそうだ。
 サリーさんやティアナさんが下宿するようになってからも、大変だったという。
「わたしは奥様とご主人さまに雇われているんです。サリーやティアナからは一銭も貰っていませんから、二人の部屋の掃除はしません」
 給料を上げてくれるなら掃除しましょう、というのだった。サリーさんティアナさんはしかたなく、ムチナが辞めてエリーが入るまで、ずーと自分達で部屋の掃除をし、ベッドメーキングをしていた。

 やがてムチナは里帰りしたいと言いだした。勤め始めてまだ二週間である。普通、メイドは年に一回しか里帰りができない。ただ今回ムチナは、田舎の村からもう一人メイドを連れてくると言う。それで奥様も許可した。
 ムチナの連れてきたのは、エンダンという色の黒い、一三歳の女の子だった。エンダンは素直で正直で一生懸命働いた。奥様もこの子が気に入って可愛がっていた。ところがこのエンダンを、ムチナは事あるごとにいじめるのだった。
 ある朝、奥様がエンダンに服を買って与えた。なにしろエンダンは持っている服が少なく、ボロばかりだっのだ。サリーさん、ティアナさんも、子供の頃のお古を持ってきてエンダンにあげた。
 エンダンは生まれて初めてこんなに美しい服をもらった、と言って大喜びだった。ところが数日たったらエンダンが泣いている。
「どうしたのエンダン?」
「服がなくなったんです」
「どうして?ドロボーでも入ったの?」
「いいえ、ムチナが外に持っていって焼いてしまったんです」
「え!そんなひどい」
 奥様はムチナを呼んで問いただした。
「ムチナ、エンダンの服を返しなさい!何処へやったの?」
「あの子が生意気だから焼きましたよ」
「ウソでしょ!あの服はサリーやティアナがエンダンにプレゼントしたのよ!あなたが勝手に焼く権利は無いのよ。それに何処で焼いたの?この辺に焼くような場所はないでしょ!」
 ムチナはキツネのような口をとんがらかした。
「あの服はもう売り飛ばしましたよ。だいたいあんな子に、立派な服なんていらないのよ。わたしにいつもたて突いて生意気だし」
 これには奥様もあきれ果てて、言うべき言葉が見つからなかったそうだ。
「ヨシエ、今メイドを探しているからもう少し待ってね」
 サリーさんもティアナさんもこの件に関しては別に怒らず、ただそう言って奥様を慰めたという。
 七月上旬に、ご主人様の上司にあたるご夫妻がスラバヤに来られた。そこで夕食会をすることになった。
 夕食会の二日前になった。
「昨夜、母が死ぬ夢を見たんです。たぶん村で何かあったんです。すぐ帰らせてください」
 突然、ムチナはそう言い出した。
「あら、あなたに腕をふるってもらって夕食会しようと思っていたのに、」
「でも、どうしても家に帰らないと母が心配です。何かあったに違いありません」
 ムチナはオイオイ泣いて頼んでくる。奥様はサリーさんと相談したが、ムチナがあれほど信じ込んでいるなら、許可する他ない、という結論に達した。
 結局、夕食会の料理は二日がかりで、サリーさんティアナさん、それにエンダンと奥様の四人が力を合わせて作った。サリーさんは当日の午前中、大学の授業を欠席して料理作りをした。
 三日ほどしてムチナが帰ってきた。
「母は無事でした」
 それだけだった。
 だが、それからしばらくして、ムチナがエンダンや近所のメイドにした話では、ムチナは村に帰らず、スラバヤの友達の所で遊んでいたという。料理はもちろん、忙しいのが嫌いだったからだ。

 ムチナは二〇歳でエンダンは一三歳だというのに、この二人はよく喧嘩した。ムチナがエンダンを殴り、髪の毛をつかんで引っ張り廻すと、エンダンも負けずにムチナの腕を咬んだり、足で蹴ったりしてひと暴れする。
 奥様はこの二人の喧嘩が大嫌いで、いつもやめなさいと、注意していた。
 とくに七月の一ヶ月間は回教のラマダンにあたり、断食を行い、悪い言葉すら口にしてはいけない時だった。だがムチナは断食をしないだけでなく、エンダンと喧嘩ばかりしている。エンダンの方は幼いながらに断食をしており、喧嘩もなるべく避けるようにしていた。
 このラマダンが終わると回教の新年となり、メイドは年に一度の休暇が貰え、里帰りができる。
 この時には家主から服も貰えるし、家によっては一ヶ月分のボーナスを渡したりする。だから新年を前にして仕事を辞めるメイドは少ないし、この時期に新しくメイドを雇うのも難しい。仕事を探しているメイドも、早々と田舎に帰ってしまうからだ。
 ラマダン明けの休暇が始まる三日前の事だった。この日もまた、二人は大喧嘩をしたという。何でもエンダンがアイロンをかけていて、ムチナの服にコゲを作ってしまったらしい。
 奥様は二人の喧嘩に本当に我慢ができなくなっていた。
「二人とも喧嘩は止めなさい!うちで働く気があるなら二度と喧嘩をしないでちょうだい!ムチナは大人なのに、こんな子供と喧嘩して恥ずかしいと思わないの?ともかく今度喧嘩したら、二人ともこの家から出ていきなさい!」
 二人は奥様のけんまくに驚いて、スゴスゴそれぞれの仕事に戻ったそうだ。
 翌朝のことである。
 ムチナは客間の床にひざまづいていた。
「わたし辞めたいと思います。今すぐお暇をください」
 エンダンも隣で下を向いて座っている。朝の六時半で、ご主人様も出勤前だ。奥様もご主人様も突然のことで、あっけにとられていた。
「辞めていいですね」
 ムチナはいじわるそうに聞く・
「今辞めてもらったら困るわ。お正月休みが終わるまで待ちなさい」
 最初の予定では、ムチナもエンダンもお正月休み中働くことになっていた。二人とも働き始めてから日が浅いし、ムチナはもう二度も休暇を貰っていたからだ。
 ムチナは小鼻にシワを寄らせて、
「でも奥様は昨日、この家から出ていけと言ったじゃないですか。本当に居てもいいんですか?」
「喧嘩をしたら出ていって貰うわ」
「じゃ、今辞めます」
 奥様はご主人様に「どうしよう」と聞いたそうだ。
「どうしようもないね。辞めたけりゃ、辞めさせればいいよ。だいたい気に入ってなかったんだし・・・」
「でも、今辞められたらお正月が終わるまでどうするの?洗濯も掃除も困るわ」
 この頃、奥様は妊娠三ヶ月の身重で、気分の優れない日も多く、吐いたり、貧血を起こしていた。
「まあ、かわりのメイドはボクがなんとかするよ。でもエンダンだけでも残らないかなー?」
 と主人様。
 奥様もとうとう諦めた。
「ムチナ、あなたは辞めてもいいわ。でもエンダンは辞める気ないんでしょ?残ってね」
 ムチナは冷たい薄笑いを浮かべて客間を出ていった。昨夜の内に荷物はまとめてあったらしく、すぐ出て行く様子だ。
 エンダンは泣いていた。しばらく客間の床に正座して座っていたが、
「わたしも辞めます」
 と言って、ムチナの後を追った。
 エンダンはまだ一人では田舎にも帰れなかったし、ましてこのスラバヤでは、右も左も分からなかったのだ。
 ムチナはそれから二〜三時間、近所のメイドたちと、キャキャと笑い、雑談にふけっていた。
 やがて話のつきたムチナは、肩を落として沈み込んでいるエンダンを引っ張って去って行った。
 奥様は大きな家に一人ぽっちで残された。
「これからどうしよう、、、」
 とガックリ肩を落とし考え込んでしまったそうだ。ご主人様はとっくに仕事に行ってしまっている。
 昼にサリーさんが大学から戻り、すべてを知った。
「困ったわね。今はメイドを見つけるのが一番難しいし、もう少したつといいメイドが世話できるんだけどね」
「やっぱり、わたしが全部やる他無いわね」
「それはダメよ。流産しちゃうわよ。それより何とかメイドを探さないとねー。今日、家に帰って母やオバと相談してみるわ」
「でも、もうメイドなんていらないわ。きっと、居ない方が楽よ」
「何言ってるのよヨシエ、無理しちゃ駄目よ。いいメイドを探せば、それで済むことじゃない!」
 そこへ突然、ご主人様の車がガレージの中に入ってきた。
 サリーさんも奥様も考え込んでおり、客間のソファーに沈み込んだままだった。
 ご主人様が客間に現れた。メイドを一人連れていた。それがエニーである。
「この子良さそうだそう、ヨシエ」
 と、得意気に奥様に会わせたそうだ。
「ジロー、いったいどこでこの子を見つけてきたの?メイド紹介所にはメイドなんてもう居なかったでしょ?」
「もちろん居なかったよ。一〇軒ほど紹介所を訪ねたけど、全然いなくてね。ところが最後に行った紹介所が郊外まで行けばいいメイドが一人居るし、居場所もわかると言うのさ。それでちょっと車を飛ばして行ってきたわけ。この子がエニー、隣が兄貴、その隣が紹介所のダンナ」
「でもよく見つかったわねー」
「そりゃー、僕にまかせときゃ、不可能は無いよ」
 奥様はこれから少なくとも一〇日間、自分一人でつわりの体で、すべてをしなければ、と思いつめていた。
 だからご主人様の得意そうなセリフを聞いても、笑う気にはなれなかったそうだ。
 黒い口ヒゲをたくわえた人のよさそうな紹介所のダンナには五千ルピア支払い、エニーの兄貴にはベチャ代を渡した。二人は安心して帰っていった。
 エニーは料理もうまく、性格も温和で明るく、奥様のいいつけをよく守った。ムチナとは大違いで奥様もホッとしたという。
 だけど奥様の心には深い傷が残っていて、悲しそうにしていたそうだ。それは、わたしが奥様と初めて会った時の”不安そうな目”にも現れていた。

 それから二週間後、ムチナはまたこの家に来た。といっても、この家の中に入ってこず、近所のメイドに家の様子をいろいろ聞いていたという。
 そして、ムチナの出て行ったその日に、すぐ別のメイドが来たと知って、気の抜けた顔をして帰ったそうだ。
 サリーさんからその話を聞いたご主人様は
「ざまーみろ!」
 と、大喜びしたという。

(つづく)

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