kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年8月2日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(15)」

大地舜
8月2日

第二章
クロを殺したのは誰?

黒魔術で大火傷
 今日は日曜日だというのに、朝早くからやかましい。近所に住んでいるカリム夫人とそのご主人が、電話を借りに来ているのだ。
 カリム夫人は中年のちょっと太った麗人で、キラキラ光る黒いリスのような目が、浅黒い整った顔によく似合っている。
 朝の七時である。ご主人様はまだ寝ていた。だがカリム夫妻は、そんなのお構いなく大声で誰かと話している。電話は客間に置いてある。
 カリム夫人のご主人に恋人ができて、それが、あるナイトクラブの女性だということを、この高級住宅地の中で知らない人はいない。
 ご主人が三日間も外泊したとか、夫婦喧嘩してご主人が家を飛び出したとか、この家の大騒動の一部始終は、この高級住宅街では知れ渡っている。
 このごろ、カリム夫人はよく電話を借りに来る。何処に電話しているかと思うと、親戚の家やらナイトクラブの女性の所だ。時には五ヶ所にも長々と電話している。しかも、その声の大きな事といったらない。二階で洗濯物を干していても話の内容が判るくらいだ。
 わたしはこの夫人も、その子供たちも礼儀知らずなので、あまり好きではない。だから電話を借りにきても、時々「奥様が居ないからお貸しできません」とか、「今、寝てますので後にしてください」などと、適当な事を言って追い返してしまう。
 しかし、今日はちょっと様子が違う。なにしろご主人が一緒だ。夫人は思い詰めた表情をしている。
 ご主人は背が高く大柄で、黒い口ヒゲが四角い顔によく似合っている。スポーツマンタイプのたくましい人だ。
 今日は風邪でも引いたのだろうか、鼻をグスン、グスンさせている。ところが電話の内容を聞いていると、どうやらそれは風邪ではないらしい。
「おまえ、何かドクン(呪術師)に頼んだのか?俺も家内もこのところずーと体調が悪いし、交通事故は起こすし、毎晩うなされるし、おかしいんだ。家内はお前がブラック・マジック(黒魔術)を俺達にかけているって言んだ。ドクンに何か頼んだなら、もうそれは止めてくれ。こんど三人で話し合おうよ、ね、いいだろう?」
 ご主人はどうやらナイトクラブの恋人に電話しているようだ。カリム夫人は怒りくるって電話機を取り上げた。
「あんた!うちの人にちょっかい出すのは止めて!変なブラック・マジックもかけないでちょうだい!うちの人はそんなマジックかけたって、あんたなんか相手にしやしませんからね!今度マジックかけてうちの人をたぶらかしたら警察呼ぶからね!覚悟しとき!」
 カリム夫人はすごい調子でそう叫ぶと、電話の受話器をガチャンと叩きつけるように置いた。<あーあ、いったい誰の電話機だと思っているんだろうー>と奥様とわたしは、思わず顔を見合わせた。
 カリム夫人が来たとき、奥様は客間で手紙を書いていた。客間を占領されてからは、寝室、食堂と、ウロウロ歩き回り、落ち着ける場所を探している。
 わたしは客間の掃除ができなくて、イライラしていた。
 ご主人様は、カリム夫妻に会いたくないのだろう。七時半になっても部屋から出てこない。
 ご主人はまた電話を掛け始めた。今度は親戚の家のようだ。しきりに、「自分はこの頃ブラック・マジックにかけられたせいか体調が悪く、おかしな行動もしたけど、もう良くなったから・・・」と言っている。
 そんな電話を三〜四ヶ所に掛けてから、ようやく二人は腰をあげた。八時だった。うちのご主人様もさすがに呆れたのだろう、部屋から出てきて、客間のソファに座り込み、電話の邪魔を始めたところだった。
 カリム氏は鼻をグスン、グスンさせ、夫人はホッとした顔つきで、挨拶もそこそこに帰っていった。

「長い電話だったわねー、例の一件ね。でもブラック・マジックて何かしら?」
「ジャワ島に古くからある呪術です。ドクン(呪術師)に頼んで、憎い人を呪い殺してもらったり、悪霊を追い払ってもらうんです」
「恐いのねー」
「でもドクンにもいろいろいて、呪術師から仙人、町医者までいるんです。どこの町にもドクンが一人か二人います」
「じゃー、恐い人ばかりじゃないのね」
「えー、わたしの知っているドクンは医者の見放した病人を治療して、評判がいいんです」
「・・・・・・」
「ちょっと、シャワーを浴びてくる」
「はい」
 ボケーとソファに座り、考え事をしていたご主人様は、そう言うと寝室に戻っていった。
 奥様は立ち話を止めソファに座り、わたしは大理石の床に座り、話を続けた。
「どんな病気を治すの?」
「なんでも治せると思いますけど・・・。わたしがここに来る前に勤めていた家のお嬢さんは一五歳で半身不随だったんです。でもそのドクンのくれた薬を飲み、マッサージをしてもらったら一ヶ月で背中の青アザが消え、しかも歩けるようになったんです」
「素晴らしいわね。マッサージが良かったのかしら?」
「マッサージといっても、お嬢さんの体には手を触れないんです。両手を背中に近づけるだけでお嬢さんは痛がって、体をクネクネ動かしていました」
「ホントー?」
「わたしも体調が悪くてドクンに相談したんです。そしたらいろいろ質問したうえ、わたしの生年月日と名前を紙に書き、祭壇の上に置き「明朝、日の出に来なさい」と言うんです。翌朝行ったらドクンはその紙を燃やし、黙想を始めたんです。そして突然、ドクンの手が気の狂ったように動き出し、紙に何か描きました。それが処方せんなんです」
「あら、それで何と言われたの?」
「わたしの病気は今の家に勤めていると治らない。庭に大木があるだろう。その木の精霊と相性が悪い、だから田舎に帰って新鮮な空気を吸えば、すぐ良くなる。と言われたんです。それでともかく田舎に帰ることにしたんです」
「そういう時、お礼はどのくらい払うの?」
「わたしは何も払いませんでした」
「あら・・」
「お金持ちは大金払うし、お金が無ければお米を持って行くとか、できるだけの事をすればいいんです」
「それじゃー。ドクンは生活が大変ね」
「でも、この先生の場合は、昼間はお役人で政府に勤めてて、生活の心配は無いんです」
「へーえ」

 カリム氏の外泊は相変わらず続いた。このままではご主人をナイトクラブの女性に取られてしまう・・・と深く悩んだカリム夫人は、呪術師の所に足を運んだ。
 夫人はもともと“呪術の島”として知られているマドラ島の出身である。知人に聞いて最も有名で、最も恐れられている呪術師の所に行った。
 ナイトクラブの女性の名前と住所を教え、泣きながらドクンに訴えた。
「家族は崩壊寸前です。主人も職を無くすかもしれません。あんなひどい女は、頭から熱湯でも浴びて大火傷すればいいんです」

 一ヶ月後に事件が起きた。
 熱湯を浴びて大火傷したのは、なんと、カリム夫人だった。熱湯を下半身に浴びてしまったのだ。
 わたしは奥様にくっついてお見舞いに行った。
「人を呪っても、結局、傷つくのは自分の方ね。相手ばっかり非難したバチが当たったわ」
 カリム夫人は赤くむけた皮膚を見せながらしきりに反省していた。
 この大火傷の結果、親戚中の同情が夫人に集まった。ご主人も夫人のことをかわいそうと思ったのだろう。そして本当にすまないと思ったのだろう。一生懸命に介抱した。
 この火傷騒動が落ち着いて、カリム夫人が歩けるようになった頃には、ご主人のナイトクラブの女性に対する熱もさめ、外泊も止めてしまった。
 わたしは、あらためてブラック・マジックの威力を再確認した。

(つづく)

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