kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年8月16日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(17)」

大地舜
8月16日

失踪した母親(2)
 一ヶ月がたった。
「いったい八人の子供たちは、どうやって生活しているのだろう?」
 サリーさんのお母さんは心配になって、スラバヤからバスで四時間ほどの所にある、レニーの家を訪ねてみた。
 昔は立派な大きな家に住んでいたレニーの一家だが、今は長屋を借りて住んでいる。小さな町の大通りを横に入った路地にその長屋はあった。
 入り口のベランダにはすだれが掛かっていた。このベランダが玄関となっており、家に入るとすぐ小さな応接間がある。壁には子供たちの写真が掛かっている。さらに奥に入るとベッドルームが二部屋続き、その先が台所兼食堂になっていた。
 サリーさんのお母さんが家に着いたのは、朝の一一時である。日曜日だったので子供たちは居た。だが、この日も父親は働きに出て居なかった。
「レニー、元気かい?お父さんは働きに行ってるんだね。みんな病気はしてないかい?」
「ウン、元気。みんなも元気」
「でもレニーはちょっと痩せたねー。お父さんはずーと居ないし、だれが食事を作っているんだね?メイドも居ないんだろう?」
「わたしが作っているんだけど、上手ではないよ。ねー、サリーのお母さん、このお米まだ食べられる?」
「これかい?あーこれはもう腐り始めてるじゃないか、ダメダメ、もったいないけど捨てなさい。このお鍋のは・・・あら、これまだ芯が残ってるじゃない。水を早く捨てすぎたんだよ。レニー」
「あっ、そうか、早すぎたのかー。みんな、まずいまずいって言ってたけど・・・でも他に食べるものないし、我慢して食べてたの」
 八人兄弟の長女のレニーはまだ一二歳なのに学校を休み、子供たちの面倒を見、食事を作っていた。男の子の仕事は水汲みと洗濯だった。
 毎日の食事といっても、ご飯の上にロンボックという赤いトウガラシをつけて食べるだけだった。台所の流し台には食器がちらかっており、床にはナベ、カマがあちこちに置きっぱなしで、足の踏み場も無かった。
 一五歳の長男は学校に行っていた。前はガキ大将だったのに、母親が消えてから、人が変わったようにおとなしくなってしまった。
 サリーのお母さんは涙をポロポロ落とし「かわいそうにねー。小さな子供が八人もいたらお母さんが必要だねー。わたしが何とかして、お母さんを連れ戻してあげるから、もう少し辛抱するんだよ」と言って、レニーにお金を渡し、昼食の材料を買わせて、ナシゴレン(チャーハン)を作った。
 子供たちは脇目もふらず、ただひたすらご馳走に飛びついていた。その姿を見て、サリーさんのお母さんは“必ず母親を連れ戻そう!”と、固く決心したという。

 その日のうちにスラバヤに戻ったサリーさんのお母さんは、さっそくドクンを探し始めた。
 知人、友人に電話して
「どこかに優れたドクンは居ないかしら、知らない?」
 と聞いて廻った。そして三週間ほどたって、ジョク・ジャカルタ市近郊の山に住むドクンがいい、という情報を得た。
 この三週間の間、サリーさんのお母さんはドクンを求めてマドラ島に渡り、スマラン市やマラン市に行き、百万ルピア近くのお金を使ったという。百万ルピアといったら普通の人の一年分の収入だ。
 ジョク・ジャカルタ市の近くにトウマングンという避暑地がある。グヌン・スンビンという山の麓である。このドクンが住んでいたのは、グヌン・スンビンの裏側の山村近くの洞窟であった。
 サリーさんのお母さんは街でタクシーを拾い、金の鎖やら布など、いろいろお礼の品を積み込み、ドクンを訪ねた。
 山村への道は急斜面でクネクネと曲がっていた。といっても密林の中を走るというのではなく、水田があり、畑があり、人家も多く開けていた。しかし、山道を上り詰めると、さすがに人家も無くなり、木々がうっそううと茂っていた。
 ドクンの棲み家は車の通れる道から横道に入り、一五分ほど歩いた所にあった。この洞窟は一千年の昔からあったといわれ、ジャワの影絵の話に出てくる神様の霊が住んでいると、村の人々は信じている。ドクンはその霊の力を授かっているのだという。
 サリーさんのお母さんは、恐る恐る洞窟の中に入って行った。洞窟の中は広く、高い天井のすき間からは陽がこぼれており、意外と明るい。奥の方からは水の流れる音がしており、滝があるようだ。
 苦労人のサリーさんのお母さんは、恐いもの知らずのところがある。太めの体をゆすりどんどん奥に進み、ドクンの座っている岩にあがり、その前に座った。ドクンは鶴のように痩せており、白髪を長く垂らしている。
 サリーさんのお母さんが事情を説明して助けを求めると、ドクンは瞑想し、しばらくして二〜三、質問し、そして長い瞑想の後、目を輝かせ言った。
「その家の台所には善の霊が棲んでいる。七日後の七時にその家の台所に立ち、ここの滝の水を振り撒きなさい。そして、その女性が戻るよう祈りなさい」
 サリーさんのお母さんはお礼の品を渡し、滝の水を汲み、そしてスラバヤに戻った。
 七日後にはレニーの家に行き、朝七時に台所に立ち、水を撒きつつ、心をこめて母親の帰宅を祈った。

 一週間後、レニーの母親が突然戻ってきた。
「ごめんよ留守してて、もう絶対家から離れないからね。生活が大変でも、わたしは精いっぱい頑張るから、みんなも今まで通り頑張っておくれ」
 母親は涙と共に、子供たちとお父さんに謝ったという。レニーのお母さんはこの一週間、子供たちの夢ばかり見て心が痛み、耐えられず帰ってきたという。

 サリーさんは言った。
「ヨシエ!これは本当の話よ!こんなことがあっても、まだブラック・マジックの力を信じないの?」
「ウーン、不思議ねー。やっぱりそういう力って実在するのかしらね。でも、一つ不思議なのはレニーのお父さんが全然怒らなかったことね。一悶着なかったの?」
「それがねヨシエ、もう一つ秘密があるのよ。わたしと母しか知らないんだけど、実はレニーのお父さんにも、マジックをかけたのよ。ドクンに相談したら小さな丸薬を三つくれて、父親に飲ませろ、というの。何かいい匂いのする薬だったけど、それを父親の食事に混ぜて食べさせたのよ。そしたらレニーの母親が帰って来た時も、涙流して喜ぶだけで全然怒らなかったのよ。ねーヨシエ、もうドクン信じるでしょ?」
「そうねー。ドクンの力ってすごいのね。ジローはどう思う?」
「まあ、偶然ということもあるし・・・簡単には信じられないな。でも、その丸薬っていうのは気に入ったな。手に入らないかなー?“イザ”というときに使えそうだし・・・」
「え?なんで?“イザ”って、どんな時?」
「イヤ、イヤ、何でもないよ」
「わかったわ。ヨシエ!ジローは浮気でもして、二〜三日外泊しようとしているのよ。それで帰ってきた時に、ヨシエに丸薬を飲ませようってわけよ」
「ハハ、ばれたか」
「だめよ!ヨシエが許したって、わたしやティアナが許さないからね!そんな事したら家に入れないよ!」
“ビシャ”とサリーさんはご主人様の肩をたたいた。
「イテテテ」

(つづく)

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