kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年9月6日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(20)」

大地舜
9月6日

メイドの世界
 わたしたちメイドは、毎晩のように集会を持つ。と言っても、場所や時間を決めている訳ではない。夜の九時頃になると、みんななんとなく家の外に出て、なんとなく雑談を始める。そしていつの間にか、集まる場所が決まってくる。
 集まるのにいい場所は、空き家だ。空き家の管理人はメイドかボーイがしている。だから遠慮はいらない。
 ここでの雑談の内容といったら、恋いの話、スラバヤの街のニュース、田舎のこと、家主のことなどなんでもありだ。でもどちらかと言うと、家主関係のゴシップが多い。
 この集会に出ていれば、この高級住宅街の内で何が起こっているかが、手に取るように判る。
 あそこの家のご主人はメイドの尻を追っかけ廻しているとか、別の家ではシスター(看護婦)とご主人が恋仲だとか、ちょっとしたことは、みんなニュースとして耳に入ってくる。
 ここで聞いた話は、ほとんど奥様にも伝えているから、わたしの奥様だって相当の情報通だ。
 カムリ夫人が初めてこの家に来た時も、事前にそのことが耳に入った。
「二〜三日中に、カムリ夫人が遊びに来ますよ。奥様と友達になりたいんですって。でもあの夫人はわがままで子供っぽく、近所ではあまり人気はありません。子供たちも評判が悪いし、付き合わない方がいいと思います・・・」
「ありがとうデウィ。でも・・・好意を持って訪ねて来る人を拒むわけにもいかないわね・・・」
「・・・・・・」
 この住宅街で働くメイドのほとんどは、わたしと似た人生を歩んで来ている。貧農の娘で、一三・四歳から都会に出稼ぎに来ている。
 でも中には変わり者もいる。
 アユは一三歳の時に、年上の友達に誘われて都会に出てきた。貧しい家の家計を、少しでも助けられたら・・・という、やさしい気持ちからだった。
 しかし、連れて行かれたのは、ドーリーという売春街だった。最初はウエートレスをしていたが、やがて店の主人に、客を取るように言われた。
 体も小さくて痩せたアユは、どんな化粧をしたって子供だとすぐに分かる。でも人気があったらしい。明るい性格で無邪気なせいだろう。アユは、何が何だか分からないまま働いていたが、ある日突然、客が来なくなったという。重い性病に侵されてしまったのだ。ある日お客の中に五〇歳位の太ったおじさんがいた。そのおじさんはかわいそうなアユを見ると、だまって動物園に連れて行ってくれた。アユは初めて暖かい人と出会った気持ちになった。べつの日、おじさんはアユを映画に連れていってくれた。でも他の男の人みたいに体には触れてこなかった。だからアユはこのおじさんを大好きになった。
 このおじさんがお金を出してくれて、医者にかかることが出来た。そして、お医者さんの家でメイドをさせてくれたので、それからは二度とドーリー街には足を踏み入れていないという。
 アシンは詐欺の常習犯だった。
 詐欺の手口は簡単だ。まず兄貴二人と組んでメイドを探している家に行く。兄たちは紹介料として家主から一万ルピアをまきあげる。アシンは二〜三日たったら、家主と喧嘩するか、病気だと偽って家を飛び出るのだという。
 アシンが詐欺を止めたのは、兄貴二人の姿が突然消えてしまったからだ。ジャカルタで一仕事してくる・・・と言って出かけたまま、行方不明なのだ。アシンは、兄たちが政府の組織している暗殺団に殺された、というウワサを信じている。
 家主の方にもいろんな人達がいる。
 ある家主は、メイドを家から一歩も外に出させない。そして、他の家のメイドと話しをすることも禁じている。
 この厳しい家のメイド、ヌイが血を吐いた。ヌイは中国系の夫人に
「気分が悪いので、一日休ませてください・・・」
 と聞いたら、
「本当? 病気には見えないわよ。元気そうじゃない」
 と言って、まったく取り合ってくれない。
 数日後、ヌイはまた血を吐いた。今度はその血を見せて聞いた。
「気分が悪いんです。医者に行かせてください」
「あー、行っていいけど、医者の費用は自分持ちよ。それから休んだ分は日割りで給料から差し引くからね」
 ヌイはハタと困ってしまった。二年間も休まず働いてきたので、医療費ぐらい見てもらえると思っていたのだ。それに少ない給料を減らされるのも嫌だった。ヌイは休まず働いた。
 ある日、わたしは家主の外出を見届けて、門の外から声をかけて驚いた。ヌイは痩せ細り、青白く、別人のようだった。
「ヌイ、何とかしなきゃ駄目よ! お父さんに迎えに来てもらったら?」
「えー、そうしたいけど。デウィ、悪いけど妹に連絡してくれる? ダルモサテライトで働いているの。全然休みはくれないし、もうダメになってしまいそう」
 わたしは急いで家に戻り、奥様に事情を話した。
「エッ、あの子がそんなに具合悪いの? じゃーわたしから夫人に巧く話してみましょうか・・・?」
 しばらく考えていた奥様は、
「やっぱり、わたしは口出しすべきじゃないわね・・・。デウィ、じゃーすぐ妹の所に行ってあげなさい」と言って、ベチャ代一二〇〇ルピアを渡してくれた。
 ベチャに乗ってタップリ三〇分はかかったが、妹さんの居所はすぐにわかった。妹さんは、すぐに父親に連絡すると言う。数日後に父親が現れヌイを引き取って行った。
 その後聞いた話では、ヌイは肺結核になっていたようで、半年後には未知の世界に旅立ってしまったという。
 ご主人様の友人の一人に、ジャワ人の若い小説家がいて、よく遊びにくる。この人の奥様は中国人で、お金持ちの家の娘だそうだ。
「よく中国人と結婚したねー。問題は無いの?」
 とご主人様が聞いた。
「ウーン、二人の間には問題がないけど、ワイフの実家に遊びに行くと、いろいろ・・・」
「エッ? 何があるの」
「ウーン、ワイフの家にはジャワ人のメイドが七人も働いているんだけど、まったく人間扱いされてないんですよ。ボクもジャワ人でしょう・・・人種が違うからといって犬猫のように扱うのには・・・時々腹がたって・・・」
「そうだろうな。だけど、それじゃメイドが辞めていくでしょう?」
「それが、どんなにヒドイ扱いを受けても・・・例えば殴られたり、アイロンで火傷をさせられたり、物を盗んだと疑われて拷問されても、誰も辞めていかないんですよ」
「なんで!」
「イヤ、ワイフの家の給料は他の家の二倍だからですよ」
「インドネシアには労働基準法がないのかなー?」
「もちろんありますよ。でも、それは家内労働者まではカバーしてないんです。日本でも同じでしょ?」
「ウン、多分同じだったなー」
 私は中国人の家のメイドもしたし、ジャワ人の家でも働いた。だから判るけど、中国系の家ではメイドを人間として扱わない。一方、ジャワ人の家では、メイドは家族の一員として扱われる。でも給料は安い。
 私が今働いている日本人の家は、わたしたちを家族の一員として扱ってくれる。そして、給料は中国系の家並に高い。
 しかし、この家で一番異なっているのは、わたしたちメイドを全面的に信頼し、何でも自由にやらせてくれることだ。
 エニーが辞めて、わたしは姉のティをこの家に引っ張ってきた。ティとわたしは奥様から家の管理を任されている。
 庭の手入れ、ドブ掃除、窓ガラス拭き、野菜畑づくりなど、なんでも二人で計画を立てて、どんどんやっている。すごく自由で、自分の家に居るような気分だ。
「奥様、こんど奥様が帰国される時は、別の日本人の家を紹介してください」
 と頼んでみた。なぜってわたしは、日本人ならみんな、メイドを同じ人間として扱ってくれるだろう、と思ったからだ。
「デウィ。わたしも同じことを考えていたのよ・・・。でもね、日本人の家でもメイドの扱い方にはいろいろあるようよ。中国系の家のやり方を真似している日本人も多いようだし・・・」
 そう言われて初めて気がついた。先日この家に遊びに来ていた日本人の奥様方の一人は、とても恐そうだった。
 隣の家のメイド、リーも、前から「今度働く時は日本人の家がいいわ・・・」と言っていたが、あの奥様を見て「でも、あの奥様の所は嫌ね」と言っていた。
 わたしたちを見る目が、中国系家主と、まったく同じなのだ。わたしたちを見下しているのだ。
 今夜リーに、奥様があまりよい返事をしてくれなかったことを話すけど、ガッカリするだろうな・・・。

(つづく)

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