kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年9月20日 
kitombo.com

デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(22)」

大地舜
9月20日

大学四人娘
 サリーさんとティアナさんは、今年いっぱいで一時、自分たちの家に帰る。来年になると奥様も赤ん坊を産むことになるので、インドネシア語の勉強どころじゃ無くなるからだ。
「夜の特訓はいつまでやるの? ヨシエ」
「そうねー。出産の寸前までできるんじゃないかしら。ティアナも自宅から通って教えに来てくれるそうよ」
「フーン。でも、赤ん坊が生まれたら特訓のヒマは無いんじゃない?」
「そうね。そしたら当分中止ね」
「残念ですなー」、ご主人様はそう言って、ニーと笑った。内心は特訓が無くなるので喜んでいるに違いない。でも、まだ今晩は特訓がある。 今日はリアさんが来ている。
 リアさんはスマトラ島のバタック族の出身で、クリスチャンだ。ジャワ人と同じように浅黒い肌をしているが、でもジャワ語は通じない。
 このリアさんと純中国系のリニーさん、そしてサリーさんティアナさんが、大学の仲良し四人組だ。
 サリーさんとティアナさんにはジャワ人の血も流れている。だけど自分たちは中国系だと思っている。色が白く、クリスチャンなので、周りから中国人扱いされているから、自然とそう意識するのだろう。だけどわたしから見ると、二人の感覚には結構ジャワ人的なところがある。
 リニーさんは中国系だ。それも純粋の。純粋の中国人はジャワ人のことを見下している。そんな訳でわたしも、リニーさんとは口をきいたことがない。
 この家で見る丸顔のリニーさんは大人しく、優しそうだ。だが、自分の家でメイドやボーイに接する時は、きっと態度をガラッと変えて厳しいに違いない。
 リニーさんの家には一〇歳のボーイがいる。この子は、リニーさんやその家族が外出すると、その車が帰ってくるまで門の外で待っていなければならない。帰ってきた時に、門がすぐ開かないと、この家の人々は不満らしい。この子は、道路で犬と遊んで待っているのが仕事だ。
 この子は、言いつけられた事をすぐ忘れるから、家族みんなから『馬鹿だ。馬鹿だ』と言われているそうだ。でも、まだ一〇歳だったら母親も恋しいだろうし、故郷のことを考えてボーとしてしまうのも無理はない、とわたしは思う。
 買物に行く途中、この子が犬と遊んでいるのを時々見るけど、利口そうな可愛い子だ。
 リニーさんはふくよかな体に、上品な可愛らしい丸顔をのせている。着ている服、ハンドバック、靴などはすべて高級品だ。リニーさんは色の黒いインドネシア人とも付き合うが、その両親や家族はそれを好まない。だから親友のリアさんですら、ほとんどリニーさんの家に呼ばれたことが無いという。
 バタック族出身のリアさんは、毎月二〜三回顔を出すだけだけど、もうすっかりこの家の一員になっている。サリーさんとティアナさんが都合で夜の特訓ができない時はリアさんがその代わりを勤めている。
 リアさんは鋭い目をしているけど目鼻が整っている。そしてスタイルが抜群に良い。この四人娘の中では、一番の遊び好きかもしれない。そしていたずら好きだ。
「ジロー、もう一度『橋』をインドネシア語で言ってみて?」
 と、リアさん。サリーさんが通訳してくれたので、わたしとティーはサリーさんと笑い転げている。
「何がそんなにおかしいの?『橋』はジュンブタンだろう。ジュンブタンだったよね、ヨシエ」
 わたしたちは又、笑い転げた。リアさんは意地悪なのだ。インドネシア語で『橋』はジュンバタンと言う。ジュンブタンというとジャワ語で、女性の性器のことなのだ。それでさっきからご主人様に何度も言わせているのだ。
「ジュンブタンじゃなくてジュンバタンよ」
 やっと奥様が助け船を出した。
 ポルノのビデオテープを借りて来たのもリアさんだった。この家にはビデオの装置がないので、近所の家で、女子大生ばかり八人集まって観たそうだ。
 テイアナさんとリアさんは、試験というとすぐにカンニングの方法を考える。一方サリーさんとリニーさんは真面目で、一生懸命に勉強しているようだ。
 四人とも法学部の学生だが、ある日、仲間の一四〜五人とグルになってカンニングを計画した。その第一歩として、この一四人が隣り合わせに座る必要がある。そこで、ご主人様の出番となった。
 試験日当日の朝四時、外はまだ真っ暗だ。太陽はまだ地平線のはるか下方に沈んでいる。奥様はわたしとサリーさん、ティアナさんを乗せご主人様の運転で大学へ行く。道路に人影はなく夜の風が涼しい。
 大学の校内に入ると、すぐ左手に大きな建物が黒々とそびえている。サリーさんとティアナさんは車を降り、暗やみの中、建物の廻りを歩き、窓を調べ、どこか入れる所はないか・・・?と探している。試験場となる教室に入り込み、細工をしよう、というわけだ。
 三〇分たっても入り口が見つからない。
 だんだんあたりは明るくなってきた。
「正面から入ったら・・・?」
 ご主人様は建物の正面の大きなドアを「ドン」「ドン」とたたいた。
「オー」
 大きな寝ぼけ声がした。守衛さんがドアのすぐ裏側で寝ていたらしい。やがて『ギー』という重い音と共にドアが開いた。
 わたしたちは守衛さんの脇を駆け抜け、大急ぎで二階に昇った。そこでみんな『ホッ』として小休止して、それから仕事に取り掛かった。
 クラスルームの入り口の扉は閉まっていた。でも、この建物の天井は非常に高く、教室の壁は途中までしかなかった。だからこの壁を乗り越えれば教室に入れる訳だ。
「やっぱりデウィじゃ無理ね。ジローに来てもらってよかったわ。ねージロー、出番よ。この壁乗り越えて」
「エーッ・・・」
 ご主人様はなにやらブツブツ言いながら、乗り越える場所を探していた。
 やがて椅子を運んできて、その背を足場にし、壁に飛びつき、乗り越え、中に入った。どういうわけか着地の音がしない。
「あらジローはいい泥棒になれるわ」と、ティアナさん。
「ドアは内側からも開けられないよ。あとどうする?」
「ちょっと待って! 今、本を扉の下から渡すから。その本を大きな柱の左側の席に置いてくれる? ウン、そうそう。そのあたりが特等席なのよ」
 ご主人様は本を一四脚の椅子の上に置き、また壁を乗り越えて出てきた。また着地の時に音一つさせない。ご主人様の本職はなんだろう?

(つづく)

これまでのコラム
kitombo.com