暴動の余震
「いったい何の事かしらねー?」
奥様は不思議そうに首をかしげていた。
今朝、近所のジャワ人の若奥様が突然、うちの奥様に会いにきたのだ。初対面のその奥様は、散々中国人の悪口を言った後、
「何かあったら、わたしの家にいらっしゃいね・・・」
と言って、帰ったのだ。
昼になったら今度はカリム夫人がやって来た。そして、ひとしきり中国人の悪口を言って帰って行った。
「今日は変な日ね・・・」
と、奥様はつぶやいた。
三時になったらご主人様が姿を現した。
「どうしたの、こんなに早く・・・?」
「大変、大変、暴動が起きて中国人が襲われているよ」
「エエー!」
「街の要所要所には戦車が出て、鎮圧しててね・・・」
「本当?」
「いや、それは他の街の話だけど、でもスラバヤでも暴動が起こらないよう、戦車が出動してたよ。ほら、日本の新聞にも大きく出ているだろう」
「わー、恐い」
日本の新聞には、車が燃えている写真が載っていた。
奥様の説明によると、暴動はジョク・ジャカルタという。中部ジャワの古い都市で発生し、それがジャカルタ市、スマラン市にも移って、そしてさらにスマトラ島のメダン市まで飛び火し、メラメラと火が燃え上がっているそうだ。
スマラン市では、ジャワ系の若者が中国人商店街を襲い、石を投げ、火を付け、トラックで大きな店に突っこんで、鉄の格子を壊し、中の品物を奪っているという。
反中国人暴動となると、この高級住宅街も安全な所といえない。この住宅街は、いわば貧しいジャワ人の海の中の小さな孤島だからだ。
その上、この住宅街の住人はほとんど中国系で、七十七軒の家のうちジャワ系は六軒だけだ。しかも、ジャワ系と中国系の家の間には、まったく行き来がない。子供たちも一緒に遊ばない。
うちの奥様のところにはジャワ人も中国人も訪ねてくる。奥様はいろいろ気を使って、ジャワ人と中国人を一緒に会わせしないようにしている。
ジャワ人のほとんどは回教徒だし、中国人の九十九%はクリスチャンだ。そのあたりにも問題がある。
よくスラバヤのキリスト教会では、礼拝中に石が投げ込まれたりするそうだ。回教徒の中にはクリスチャンは敵だと思っている人もいるのだ。でもそういう人は一部で、ふつうの人はクリスチャンだからといって差別はしない。いったい何がちがうのだろう? わたしには回教徒の方が断食したりして、神の教えをちゃんと守っているような気がするだけだ。
翌日は土曜日だった。ご主人様は昼頃帰っていらした。あまり街の中は変化ないそうだ。
でも近所のメイドの話では、軍隊も出て小さな衝突がテュンジュガン通りであったそうだ。
この近所の中国系の家は、門の扉をピッシャと閉めて、誰も姿を見せない。襲われることを心配しているのだろう。
事実、一〇年ほど前、反中国人暴動が起こり、何十万という人が殺されたという。ブンガワン・ソロ河も、この時は河の水が人の血で、赤く染まったと言い伝えられている。
またこういう時は、日頃いじめられている家主への、復讐のチャンスだ。暴れる人たちの手引きをして、閉めてある扉を開けたりするメイドも出てくるだろう。
二時になったら、ご主人様はテニスに行く用意を始めた。奥様が一生懸命止めている。でもご主人様はニコニコ笑って出かけていった。
「まったくジローはテニス・ギラ(きちがい)ねー。こんな時に外出するなんて・・・」
奥様はため息と共に、後ろ姿を見送っていた。
六時になって、ご主人様が無事に帰ってきた。
「どうだったの? 相手はいたの?」
と、奥様。
「もちろん。三人もいたよ。例の洗剤会社の若社長によると、スラバヤは陸軍、海軍総出で、いち早く学生たちを押さえ込んだからもう安全だってさ」
「そうなの、良かった。でも、よくそんな詳しい情報が入るのね」
「そりゃー、中国系のお金持ちだもの、政府の高官や軍部の大物とは通々だよ。中国系が献金する見返りに、政府や軍隊が安全を保証しているのさ。でも、中流以下の中国系は大変だろうな」
「そうなのよ! さっきサリーから電話があってね。外出できないんですって。それに弟が学校の帰りにジャワ系の若者に取り囲まれて、さんざん殴られたんですって。『おまえ中国系だろう?』と言われてね。もう当分、高校に行けないそうよ」
この暴動騒ぎは、スラバヤでは一週間で収まった。スラバヤでは小さな衝突が二〜三回あっただけだが、他の都市では大暴動に発展したらしい。
夜の集会やティアナさんたちの話によると、人もだいぶ死んだらしい。とくに店を焼かれて破産した商人などには、気が狂ってしまった者や、自殺者が相次いだという。
暴動についてのラジオ、テレビ、新聞の報道は一切なかった。しかし暴動が収まってから、テレビで政府による『事の起こり』の詳しい説明があった。
暴動を最初に起こした青年の話では、中国系の若者と喧嘩をして負けたので悔しくなり、仲間を連れてその若者の働いている店を襲ったという。その騒動の最中に『ジャワ人が中国人に殺された!』というデマを飛ばしたそうだ。
そのデマが大学に流れ、それを信じた学生たちは怒りだし、たちまちに別の都市にもデマは流れて、一気に中国人商店街の焼き打ちが始まったのだという。
暴動を起こした張本人は、
「嘘をついて、事を大きくして、申し訳ないと思う。だが、中国系の人々も傲慢な態度は取らないで欲しい・・・」
と、恨めしそうな目つきをしてテレビに出ていた。
(つづく)