マーナ誕生(2)
あっという間に一ヶ月が過ぎてしまった。最初の間は週二回シスターを呼んで、マーナをお風呂に入れてもらった。今はわたしと奥様の二人で入れている。最近はようやく奥様も、わたしのやり方や知識に信頼を置いてくれるようになった。
といっても、日本とインドネシアでは育児方法が異なるので、わたしも時々、とまどってしまう。
まず、奥様はオムツとオムツカバーを使う。わたしの国ではオムツのかわりに、薄い布を一枚まとうだけだ。そして赤ん坊の時からオシッコもウンチもトイレでやらせる。慣れてくると、赤ん坊がいつ頃『もようす』のか判ってくる。日本式だと『気』を使わなくてすむけど、汚れ物が多くなる。
奥様はマーナが泣いても、放って置くことがある。
先日もマーナが泣きやまないので部屋に入っていったら、奥様は呑気そうに本を読んでいる。
「奥様、マーナが・・・」
「いいのよ放っていて。ミルクは飲んでゲップも出たし、オムツは取り替えたし、異常はないし、ただ甘えているだけなのよ。そういう時は放って置くことにしているの」
わたしには信じられない扱い方だ。わたしの国では、赤ん坊を泣かせておくのは悪いことだとされている。だから泣いていればすぐ抱き上げられ、あやされる。
奥様のマーナの抱き方も変わっている。赤ん坊と胸を合わせて抱くのだ。わたしの国では赤ん坊の背中に母親の胸が合うように抱く。
「ねーデウィ、シスターをまた探そうと思うの」
「どうしてですか、奥様」
「こんど、主人の会社で大きな祝賀パーティーがあるの。マーナは連れて行けないし、夫婦で出席した方が良さそうだし、あなた一人に預けておいては悪いから、シスターに来てもらおうと思うの」
「・・・・・。じゃ、わたしはそのシスターの見張りをします」
「えー、そうして頂戴」
奥様の考えていることは判っている。わたしじゃ、まだ、心配なのだ。まだ十八歳になったばかりだし、ティだってまだ十九歳だ。年配の、子供がいるようなシスターに預けた方が安心なのだろう。それはそれで良いけど、でも、どんなシスターが来るか、それが問題だ。
痩せて、小柄な、四十歳のシスターが来ることになった。奥様が行っている病院の紹介である。
パーティーの当日がやって来た。わたしはシスターの仕事ぶりを観察しよう!と心に決めていた。マーナに睡眠薬など飲まされたら大変だからだ。
シスターの人柄は良さそうだった。
夜の八時になったら、「マーナは寝てるわ」と言って、メイド部屋にテレビを見に来た。わたしだったらマーナの側から一歩も離れないのに・・・と、思う。
やがてマーナが泣きだした。わたしもシスターに付いて行き、様子を見た。シスターはマーナを抱き上げて泣きやまないと、すぐミルクを飲ませた。マーナは泣きやんだけど、しばらくするとまた泣き始めた。
シスターはまた抱き上げ、ミルクを飲ませようとした。マーナは『いらない・・・』と、合図している。シスターはオムツを調べ始めた。大量のオシッコをしている。
<たいしたことないな、このシスターは>と思った。わたしだったら、まず泣いた原因を探す。ウンチかも知れないし、蚊に刺されたのかもしれない。なんでもすぐミルクを飲ませるなんて、良い方法とは思えない。
でも、こんな事、奥様に言うつもりはない。初めての日からシスターの悪口をいうのは良くないことだと思うから。
また同じシスターが子守にやって来た。
今度は、ご夫妻がスラバヤの日本領事館に夕食に招かれ、マーナを置いて行かざるを得ない、という。
わたしはまだこのシスターのこと安心はしていない。良い人だけど、何か頼りにならない感じがするのだ。
案の定、奥様たちが出ていったら、『ゴホン、ゴホン』と咳をし始めた。風邪を引いているのだろう。このことは、奥様に報告せざるを得ない。
今夜はテレビを見に来ないし、静かだなーと思って、マーナの寝室を覗いて見た。マーナは眠っていた。そしてシスターもいびきをかいて寝ていた。こんなことで良いのだろうか?と、わたしは思う。
奥様が帰って来て、シスターが入れ替わりに帰る時、シスターは軽く『ゴホン』と咳をしてしまった。奥様はハッとして、
「風邪を引いているのね。うちに来る時は気をつけてね」
というと、シスターは、
「えー、もうほとんど治っていますから」
と言ってお金を受け取り帰って行った。
「シスターは疲れているようで、少し居眠りしてましたよ」
とわたしは簡単な報告をした。
「あー。そうだったの・・・?」
奥様は、何か考え込んでいる様だった。
五月になって、奥様のご両親が日本からスラバヤまでマーナを見に来られた。奥様は料理などで忙しいので、またシスターを呼んだ。
奥様のお父様は外科のお医者様だった。このお医者様がシスターの仕事ぶりを見ていて、
「このシスターのセンスはあんまり良くないなー。マーナの扱い方はデウィの方が上手だぞ」
と奥様に言ったという。
「それは判っているけど、でもデウィはまだ子供でしょう」
「いや、そんな事ないわよ、デウィの方がシスターより、よっぽど安心して見てられるわ」
と今度はお母様が言って下さったそうだ。
それ以後、わたしが全面的にシスターの仕事をする事になった。
マーナが生まれてからというもの、どういう訳か、新しい来客がどんどん増えた。サリーさんとは別の大学の学生や、ジャワ系の女子大生も遊びに来るようになった。マーナは何故か人気者だ。
サリーさん、ティアナさん、リアさんなどのマーナへのラブコールは異常すぎるくらいだ。
サリーさんなんか、
「あら、可愛いオチンチン『チュッ』」
と、大切なところにキスをしたりする。
奥様が、
「あら、オシッコしたばかりよ。ショッパイでしょう?」
「ウーウン、おいしいわー」
とサリーさん。
(つづく)