kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年11月22日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(31)わいろ ワイロ 賄賂」

大地舜
11月22日

「救急車を呼んで! 急いでね!」
 ティアナさんの隣の家のご主人が階段を踏み外し、頭を打って意識不明なのだ。
 スラバヤでは自分の家に事があったら救急車なんて呼ばない。呼んだって一時間、二時間と待たされ、手遅れになってしまうからだ。
 でもこの時は何故か、十五分ぐらいで救急車が到着した。みんな大喜びで病人を車に乗せたら、車が動かない。
「どうしたの? 急いで病院へ行ってよ!」
「ガソリンが無いんだなー。二万ルピアある?」
「ガソリン代は五千ルピアでいいでしょ! ハイ、五千ルピアよ。急いで行って頂戴!」
 運転手はニィッと笑うと、お金を受け取り走り出した。もちろん、ガソリンは十分入っていた。

 奥様のマーナは、インドネシアに不法滞在中だという。なんでもマーナは出生届を出さないといけないらしい。
 普通、わたしたちは出産しても出生届は出さなくていい。ただ十七歳になったら届け出て、身分証明書を貰わなければならない。
 サリーさんによると、わたしの国では、生まれて来た子供の半分が、五歳になるまでに死んでしまうという。だからこんな制度になっているそうだ。
 でもマーナは外国人だから、出生届を出しておいた方が良いらしい。
 生まれて半年たって、ようやく裁判官が出生届に署名をしてくれた。署名にあたって裁判官は、何かお礼が欲しいという。そこでご主人様は、現金三万ルピアに高級万年筆セットを添えて、お礼とした。
 病院の中でも事情は同じだった。
 奥様がマーナを産んだ直後はまだ身動きができず、看護婦の手助けが必要だった。そのためには、いちいちチップを先に出さねばならなかった。
 ある看護婦など、突然、水とグラスを持って部屋に入ってきて、テーブルに置き、そしておもむろに引き出しの中を引っかき回し、『これ貰うわ・・』と言って、新しい下着を持っていってしまったという。

 リアさんは、いつもオートバイで大学に通っている。でも、免許証は持っていない。
「なんで免許を取らないの? もう経験は十分でしょ?」
 と、奥様が尋ねたことがある。
「試験は受かるけど、面倒で・・・」
「警察には捕まらないの?」
「一度捕まったけど平気よ。五千ルピア渡しておしまいよ。いつでも五千ルピアさえ用意してあれば、免許証はいらないのよ。」
「そんなに簡単なの? でも、警官も表立ってはワイロを取れないんじゃないの?」
「それはそうね。捕まったら上手にお金を渡さないとね。警官も慣れたもんで、五千ルピアをチラつかすと、すぐ人目につかないところに連れていって、真面目そうにお説教してから受け取るのよ」
「じゃ、やっぱりビクビクしながらやってるのね」
「ウン、少しオドオドしてるわね」
 警官にはお金持ちが結構いる。この住宅地の中にも一人、裕福な警察官が住んでいる。国家公務員の給料は安いことで有名なのに、この人は大金持ちだ。なにか副収入があるに違いない。
 サリーさんの母親が西ドイツに行くため、パスポートを取った。この時も、ワイロ、ワイロで大変だった。
「もう三週間も待ったのよ。もっと急いでよ」
 と、サリーさんは旅行代理店のロビーさんに言う。ハンサムなロビーさんはサリーさんに気があるらしく、よくこの家に来る。
「あと三週間はかかるかもしれませんね。なにしろお役人はノンビリしてるし、休暇中の人もいる・・・」
「困ったわねー。妹の結婚式にギリギリだわ。なんとかならない?」
「そりゃー、ワイロを使えば二日もあれば取れますけど・・・」
「そうね。兄に相談してみるけど、それしか無いかしらね・・・」
 結局、通常の三倍のお金を払って二日後にはパスポートを手に入れた。
「ロビー、ありがとう。でも随分お金がかかったわね」
「いやー大変でしたよ。机から机に書類を動かすたびに三千ルピア払いましたから・・・」
「ホントー、じゃ、お役人は相当な副収入があるのね」
「そうですよサリーさん。かれらの月収はどのくらいになると思います?」
「見当がつかないわ。でも、多くても三十万ルピアぐらいでしょう?」
「とんでもない! 本給七万ルピアの下級役人だって月収は百万ルピアになるんですよ。上級役人はその二倍から三倍くらいかな・・・」
「ホント? 天文学的数字じゃない!」
「本当いうと、ワイロを払わないと一年待ったってパスポートは発行されないんですよ。旅行代理店の通常料金の中にはワイロ代も入れてあるんですけどね・・・。でも、今回のようなケースもあるし、ワイロの額がエスカレートして大変ですよ」

 この家に電話が入った時も同じだった。家主のジャワ人は「すぐ電話は入りますから・・」と言って、半年たってしまった。
「本当にお恥ずかしい限りです。これではわたしの面子が立ちません・・・」
 家主は電話局のお役人に四十万ルピア払って電話を入れさせた。半年前にも三十万ルピア、ワイロを払っていたのだが、その役人は、すぐ転勤になってしまい、ウヤムヤにされたとのことだ。

 ところでわたしは、自分の国の悪口を言っている訳ではない。こういうワイロを受け取る人々は、少数なのだ。わたしの知っている人々・・・貧しい人々だけど・・・は、こんな事には無縁だ。
 わたしが不思議に思うのは、なんで、学問や教養のある高い地位の人々が、争って不当な利益を得ようとするのだろう、と、いうことだ。
 学問も教養も無いわたしたち農民は、毎日必死で働き、正直に生きているというのに・・・

「ヨシエ、まだまだ色々あるのよ・・」とリアさんは言う。
「来年になったら、わたしたち仕事を探すことになるでしょ。これがまた大変なの。何かコネがあれば楽だけど・・・。たとえば叔父さんが会社の社長とか、政府の高官だとかなら、なんとか仕事は見つかるわ。でもコネが無かったら、自分で役所や会社にあたるわけでしょ。そしたらまず、人事担当者にお金を贈って、試験や面接のチャンスを作ってもらうのよ」
「じゃ、人事担当者もお金持ちになれるわね」
「うん、それでいざ採用となっても、今度は会社に五十万ルピアぐらいお金を積むのが普通なの」
「エッ、そんな大金?」
「そうね、少なくとも三ヶ月分ぐらいのお金を会社に渡しといて、それで、毎月、また同じ会社から給料を貰うわけ」
「なんで?」
「会社としては見知らぬ人を雇うわけでしょ、品物を持ち出される心配もあるし、秘密を盗まれたり、すぐ辞められるかもしれないでしょ。一種の保険金なのよ」
「じゃー。渡したお金は辞めるときどうなるの?」
「普通は帰ってくるけど、でも正式に預けているわけじゃないから、取られてしまっても文句は言えないのよ」
「そんなー」
「でも、これが現実なの。だから貧乏だったら仕事も探せないのよ」
「信じられないわね。日本では人手不足もあり、ロボットまで使っているのに」

「ヨシエ、なんでお役人の給料が安いか知ってる?」
「知らないわ」
「結論からいうと、税収が足りないのよ。インドネシアじゃ、ほとんど誰も税金払わないのよ。商売人はもちろん、大きな企業も税務署のお役人にワイロを払って、それでおしまい」
「それじゃー、どうやってお役人の給料払ってるのかしら?」
「石油の収入があるのよ。それに軍隊の場合、陸軍、海軍がそれぞれ営利会社を経営していて、その収益で軍人を養っているの」
「フーン」
 リアさんはさすがに大学生だ。こういう事には詳しい。だがまだよく判らない。いったい誰が得をしていて、誰が損をしているのだろう? ただハッキリしているのは、わたしたち農民には、百万ルピアの月収なんて、夢の又夢だし、第一、税金を払えるほどの収入も無いという事だ。
「この国はワイロで腐ってるねー。でも、まあ、金さえ払えば規則も法律も曲がるし、ある意味じゃーやりやすいな」 とは、うちの御主人様のセリフだ。
 でもわたしは、<わたしの国は腐ってなんかいない!>と思う。腐っているのは、一部だけだ。それも権力者や、教育程度の高い人々が中心だ。

(つづく)

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