kitombo.com | デウィとの五〇〇日 | 2004年11月29日 
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デウィとの五〇〇日
「『デウィとの五〇〇日』(32)運転手ャルミアスおじさん」

大地舜
11月29日

「奥様、ジャルミアスおじさんの家ご存知ですか?」
「えー、住所は判ってるわ、『赤い橋』のそばでしょ?」
『赤い橋』というのは、独立戦争のとき、オランダ軍とインドネシア軍がこの橋をめぐって戦い、橋が血潮で赤く染まったので、そう呼ばれている。実際の色は、なんの変哲もないコンクリート色。
「ジャルミアスおじさんは、毎日あそこから、歩いて通ってるんですって」
「エッ、歩いて? ベモを利用してないの?」
「おじさんは歩くのが好きだって言ってますけど、本当はお金を使わないようにしてるんです。それに、夜の十時を過ぎるとベモもないし・・・」
「あら、それじゃー、毎晩遅かったから、それで病気になってしまったのね。二階の空き部屋に泊まってもらえば良かったわね」
「わたしもそう思って、『奥様にお願いしたら?』と言ったんですけど『いいよ、いいよ』と言って帰ってしまったんです」
「あの人らしいわね。デウィ、悪いけど今日これから、ジャルミアスのところにお見舞いに行ってくれる?」
「はい奥様」

 ジャルミアスおじさんは、ご主人様の車の運転手をしている。おじさんは、毎朝一時間ほど歩いてこの家に来る。家に着くと車をガレージから出し洗車する。七時になると、ご主人様のご出勤だ。
 ご主人様のご帰宅は、大体、夜の七時頃だ。でも、ときどきパーティーがあって遅くなる。朝の一時、二時になることもあるが、おじさんはそれから家に帰り、水浴びをして、また六時半にはこの家に来る。もう五十歳だというのに無遅刻、無欠勤だ。
 そのジャルミアスおじさんが、今日は熱を出して欠勤するという。息子さんから電話連絡が入ったのだ。
 このところご主人様は、連日パーティーで朝の二時の帰宅が続いた。東京からお客様が来ているらしい。
 おじさんも毎日付き合っており、大変だった。だから、その疲れが出てしまったのだろう。

 ジャルミアスおじさんの家は、ベモのターミナルのそばだった。『赤い橋』は小さな橋で、車が渋滞していた。その『赤い橋』を通り抜けると、そこはオランダ時代の建物が立ち並ぶ、ビジネス街だ。
 右手にはスラバヤ市最大のバス・ターミナルがあり、大型バスがひしめいている。ベモのターミナルもその一部を成しており、わたしはここで下車し、あとは歩いておじさんの家に向かった。
 バスターミナルの向かい側には、クリーム色のヨーロッパ風の建物が続き、銀行、船会社の看板が林立している。道幅も広い。
 このメインストリートを西に歩き、右に曲がると、高いコンクリート塀があって、塀の上には監視人の小屋があった。ここはスラバヤ刑務所だ。先日、ここから三人の脱走者が出たという。あまり気持ちの良い所ではない。
 そこを左に曲がると、住宅街に入る。その中流住宅街を抜けた所に小さなな川があり、そのドブ川の向こう側が『カンポン』と呼ばれる集落になっていた。
 おじさんの家は、『カンポン』の内側で、ドブ川に面しており、小さな庭もあった。庭では強い日差しの中、やせたニワトリたちが、せわしげに地面を突っつき、走り回っている。
「ごめんください」
「はい、はい」
 と、奥の方で声がして、奥さんが出てきた。
 おじさんは痩せて小さくて、立派な口ヒゲを貯えているが、奥さんは対照的にコロコロ太っており、エネルギッシュに見える。
「部屋は汚れていますけど、どうぞ入って下さい」
 奥さんは小さな居間に入れてくれて、甘くてぬるい紅茶を出してくれた。
「これ、うちの奥様からです・・」
 フルーツが盛り合わさったカゴである。
「エッ、本当にこれ頂いていいんですか? 申し訳ありません。本当に良いお方に使って頂いて、うちのパパも喜んでいますんですよ。今日は大事をとって休んでますけど、明日にはもう出て行くと思いますよ。あの人は痩せてるけど、それは頑丈でねー。病気なんてした事、無いんですけど・・・」
 奥さんは、おじさんと正反対でよくしゃべる。
 家の中に小さな女の子が入ってきた。
「お子さんですか?」
「えー、ドナというんですよ。まだ五歳なんですよ。うちには八人も子供が居ましてねー。メイドを雇うようなお金は無いし、大変ですよ。もっとも、一番上の男の子は会社に勤めてますし、子供たちも家事を手伝ってくれるから、大分、楽になってきましたけどね。でも、一ヶ月の収入は九万ルピアでしょ。少ない月は八万五千ルピアしかないし・・・。お金の無いときは、ご飯に赤い唐辛子だけです過ごすんですよ・・・。お米は毎朝、次男坊が買いに行ってくれますし、長女は洗濯を手伝ってくれるし、三男坊は手先が器用でねー、いろいろ彫刻を作っては売って、家計の足しにしてくれるんですよ」
 奥さんは、話し始めると、とどまるところを知らない。
 ジャルミアスおじさんは寝ていたので、会わずに帰って来た。
 この一家の長男坊は国立大学を出たという。学費は親戚の人が出したそうだけど、それでもいろいろ出費があったことだろう。この貧しい生活の中で、どうやってやりくりしたのだろう?
 わたしの家に比べたら、おじさんの家はまだ豊かな方だ。子供たちも高校まで行かせてもらえる。でも、かれらは質素な生活をしており、その収入も、みんな自らの労働で、正当に得たものだ。

 ジャルミアスおじさんのことは、わたしの奥様も大変気に入ってる。
 なにしろ礼儀正しいし、一生懸命働く。おかげで、ご主人様の車はいつもピカピカだし、奥様が買物に行っても、荷物はいつもおじさんが持つので、奥様も大助かりだ。
 この家では、おじさんに待ち時間があると、椅子が与えられ、紅茶やケーキが出る。だが、向かいの家のドライバーの場合、待ち時間といったって、庭にも入れてもらえない。だから道路のふちに腰かけて時間を過ごす。もちろん飲み物なんて出ないから、水道の蛇口から直接水を飲む。
 でも、これが、運転手の典型的な扱い方なのだ。
 この家の、運転手の優遇ぶりは、この近辺では有名で、近所の奥様方も不思議がっていた。
「そりゃ、運転手のなり手はいくらでもいるけど、ジャルミアスみたいに立派な人は、めったにいないでしょうね。だから待遇を良くしても当然なのよ」
 と、奥様は言う。
 たしかに、ジャルミアスおじさんの日焼けした顔には、誠実な生活態度がにじみ出ている。だけど、生活は楽にならない。
 ワイロを取って豊かな生活をしている人たちからお金を奪って、おじさんに渡したくなる。百万ルピアと九万ルピアの収入差は、大きすぎると思う。これではあまりにも、不公平だ。
 正直で誠実な人間は馬鹿を見るみたいだ。それとも、誠実な人は、いつか報われるのだろうか? おじさんの陽に焼けて、引き締まった顔はいつも明るい。この幸せそうな顔を見ると、少しは心が安まる。
 悪いことをしてお金を沢山持ってても、幸せとは限らないだろう。おじさんのように貧しくても、正直に精一杯生きていたら、みんなから愛され、信頼され、ささやかでも楽しい生活ができることだろう。

(つづく)

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