「デウィ、ティ、主人とも話したんだけど、わたしたち、来年の一月に日本に帰るのよ。だからその前に、一度、あなたたちをスラバヤで一番のインドネシア料理店に連れて行きたいの。いいでしょう?」
「レストランなんて・・・」、もったいないです。奥様」
「それに、ご主人様と一緒に食事するなんて恥ずかしいわー」
「『ゴチャ』というお店、知ってる? スラバヤで一番おいしい店だそうだけど・・・」
「知りません。立派なレストランなんて、生まれてから一度も入ったことありませんから・・・」
わたしは小さな中国料理店で働いた事はあるけど、でも、レストランというイメージからはほど遠い。だからわたしにとっても、レストランに行くのは初体験になる。
『ゴチャ』に連れていってもらったのは、十一月の終わりだった。マーナも一緒。
『ゴチャ』のあるテンジュガン通りには、七色のネオンが輝いており、活気があった。『ゴチャ』の店内は冷房が効いており、清潔で、料理もとてもおいしかった。
「じゃ、次はデザートでも食べに行こうか?」
と、ご主人様がおっしゃって『ゴチャ』を出た。
デザートを食べる所というのは、白亜の宮殿のようなホテルだった。大きなガラスドアを開けて中に入ると、そこには天井が吹き抜けになっていて、高い高い天井から、巨大な布が二枚吊り下がっていた。
布の下はロビーになっており、金色の厚いジュータンが敷き詰められ、真っ赤な大きなソファーが並んでいる。そこでは金髪の外国人たちが新聞を読んでいたり、お酒を飲んで談笑していた。
わたしもティも、なるべく堂々とふるまった。
ご主人様のあとに着いて行くと、ロビーの奥に明るいレストランがあった。ここも青い目の人々で一杯だ。みんな横目でわたしたちのことを見ている。
レストランの右側には、バリ島の絵画、彫刻などを売っている店や、ケーキ店があり、左手には四角い食卓テーブルが並んでいる。その奥の壁際が一段高くなっており、ソファーが並んでいる。わたしたちはそこに座ってお茶を飲んだ。
はじめて見るホテルの内部だった。ロビーに吊り下がっているシャンデリアは、家のより、百倍は大きい。家具調度品も、コーヒーカップも、気が遠くなるほど美しい。昔の王官でも、これほど立派だったろうか?
サリーさんに言われた。
「あなたたち、ジローやヨシエが優しいからといって甘えちゃ駄目よ! あの二人だって、いろいろあなたたちに不満はあるだろうし、随分我慢していると思うわよ!」
たしかに心当たりはいくつもあった。
この間も、つい話に夢中になり、十時半過ぎてもメイドの集まりから戻らなかった。そしたら、奥様が探しに来た。
奥様の姿を見てわたしもティも飛び上がり、みんなの所を離れ、奥様のところに行った。奥様は心配そうな顔をしていた。
「十時前には家に入りなさいね・・・」
「ハイ、スミマセン・・・」
このときは、あー、奥様はわたしたちのこと、心配してくれてるんだなー、としか思わなかった。でも、今になって考えてみると、しっかりした家のメイドは、もうとっくに帰っていたし、わたしたちは、もっと怒られても不思議ではなかった。
ティもわたしも、よくテレビをつけっ放しで寝込んでしまう。朝まで気づかないこともよくあった。しかも、一回や二回ではない。こんなときも、奥様は決して怒らない。
「朝早くから働いて疲れているんだから、あまり遅くまでテレビを見てちゃ駄目よ。体に悪いわよ」
とやさしく気を使ってくれる。
こんなときも、もしかすると、奥様は我慢しているのかもしれない・・・とサリーさんに言われてから考えるようになった。
ご夫妻は、一度もわたしたちを怒ったことがない。何か言いたそうにしてても、我慢している。その間に、わたしもティも、その言いたい事を察して、解決してしまう。だから怒られないで済んでいる面もある。
それにしても、わたしはこの一年三ヶ月の奥様との付き合いを通じて、大きく変わったようだ。少なくとも、陽気になったことは間違いない。
人間不信に陥り、イライラ、ギスギスした昔の自分を思い出すと、ゾーとする。
この家で沢山の仕事を任され、自分の能力に自信を持てるようになったことも、大きい。そして、サリーさんたちの話を聞いていて、随分勉強になった。
わたしは、確かに、大きく強く成長したのだ。
(つづく)