kitombo.com | 大地舜のフォトギャラリー | 2006年2月13日 
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大地舜のフォトギャラリー
「大地舜のフォトギャラリー(58)
縄文文化・土偶」

大地舜
2月13日

 縄文遺跡の新発見が続き、日本中が湧いた時代がありました。
 そう、今から一〇年前頃です。でもそのブームも、旧石器の遺跡ねつ造事件が発覚してからは、さっぱり下火になってしまったようです。
 これらの写真は、一九九九七年頃のものですから、まさに日本中がブームで湧いていた時代のものです。
 当時は各地で新発見が続きましたが、特に青森県の三内丸山遺跡は、縄文文化がエジプトと並ぶ文明の証拠だ、などともてはやされました。
 一番目の写真は、三内丸山遺跡で特別に撮らせてもらった土偶です。奇妙な三角形の顔と叫んでいるような表情は、宇宙人のようですが、当時のシャーマンのイメージかもしれません。
 二年がかりで旧石器の遺跡ねつ造事件を調査しましたが、その時に分かったのは三内丸山遺跡もまた極めて怪しげな遺跡であることです。この遺跡は一五〇〇年も続いて、一時期に五〇〇人もの人々が住んでいたと、現在、文化庁、文化財調査官になっている岡田康博さんなどが主張していますが、根拠がないようです。いくら住居跡を探しても総計で一〇〇〇軒を越えませんし、一五〇〇年も連続していたのではなく、人が住まなかった時期もあるようです。
 つまり、三内丸山遺跡は、日本中どこにでもある平凡な縄文遺跡の一つに過ぎないというのが、いまや、まじめな縄文学者たちの間における定説です。
 では、なぜこれほど有名になったのでしょう?
 一つは、青森県まで新幹線を延長させるために、目玉が必要だったことがあるそうです。そのために東奥日報などの新聞社がキャンペーンを張ったといわれています。また岡田康博さんのような、考古学が専門ではない人が、宣伝係を努めて、それに文化庁の当時の岡村道雄主任調査官が肩入れしたのでは、と言われています。
 つまり村起こし、町おこしに利用されたわけです。
 また、「縄文文明」などと大げさな宣伝をしたいかがわしい学者もたくさんいます。小山修三や安田喜憲などです。かれらはそのように大げさに言うことでマスコミから脚光を浴び、本も書けて、よい思いをしたようです。それにNHKなどのマスコミが乗せられて、大フィーバーになったようです。もちろんその背景には日本人の郷土愛もありますし、歴史を誇りたい気持ちもあるでしょう。でも、これからはこのような安っぽい宣伝に惑わされないようにすることも大切かと思います。
 旧石器遺跡のねつ造事件の後、このようないかがわしい宣伝が陰を潜めているのは、まあ、いいことですね。
 このように三内丸山遺跡の悪口を言いましたが、現場で働く研究者の方々のほとんどは、まじめな方々で、好感が持てました。私は三回ほど訪れて、いつも歓迎していただいています。
 どうも研究者というのは行政官になると人が変わるようです。
 行政官、つまり政府のお役人で権力を持つようになると、権力欲の虜になってしまうようです。
 そして研究者としての良心も、売り渡すことになりがちなようです。そのことは高松塚古墳壁画の取材をしたときにも、強く感じました。
 二枚目の土偶はどこで撮影したのか記憶があいまいです。壊れてはいますがなかなかユニークに見えますね。
 三枚目の土偶も三角形の顔をしています。これはお面なんでしょうか?
 四枚目の写真になると、まるで猫の顔ですね。
 縄文時代のシャーマンは薬草を使って、幻覚の世界に入り込んでいたといわれています。これらの奇妙な土偶は、幻覚の世界で出会った教師たちなのかもしれません。
 五枚目の顔はなんとハート型です。目はまるで宇宙人ですね。これも幻覚の世界で出会った教師なのでしょうか。
 七枚目は有名な「縄文のヴィーナス」です。ヨーロッパの地母神と違うところというと、ヘルメットをかぶっているところです。それ以外は、ヨーロッパの旧石器時代に発見される地母神像とそっくりですね。
 七枚目の写真は一万年から一万二〇〇〇年前頃に作られた丸木舟で、北陸の貝塚から発見されたものです。当時の人口は少なかったのですから、このような船で魚釣りをするだけで、充分に一族を養えたのだと思います。
 八枚目の写真はなんでしょう? じつは装飾品を作るために使われた石です。勾玉という装飾品をご存知だと思います。そう、胎児のような形をしたものです。これは縄文時代に大量に作られていました。勾玉は弥生時代になっても珍重されていましたが、もともとは縄文文化の産物です。勾玉の形を作るのに、この石を使って研磨したのだそうです。
 勾玉はマルタ島の六〇〇〇年前の遺跡の中からも発見されていますし、古代の社会も交易・流通は盛んだったようです。
 さらに、与那国島の海底を潜ると、岩盤の上でときどきそっくりな模様を見ます。でもそれらは自然現象なのでしょう。よく見ると、この写真の石の切り込みには、いかにも人間の意思が読み取れるのですが、海底の切り込みからは、このような人工的な不自然さを感じないのです。
 私たち日本人は考古学が好きですよね。
 でも旧石器の遺跡ねつ造事件を教訓として、大げさな話、センセーショナルな話題には、これからも注意して接する必要があるようです。

(つづく)

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