
ミャンマーは一八八六年から一九四五年まで、六〇年近くも英国の植民地でした。
ミャンマーの人々に欧米人に対する植民地根性が残っているでしょうか? 私は、残っていると思います。
欧米人に対する畏敬の念は、アジア人に共通します。畏敬の念というのは、結局、劣等感です。その劣等感が少ないのは中国人かもしれません。彼らは異民族の支配を何度も受けていますし、異民族になれており、欧米人もさほど怖くは無いようです。

でも日本人やフィリピン人、ミャンマー人、インド人などは、明らかに欧米人に対して畏敬の念、恐怖感を持っています。日本人の場合は第二次世界大戦で、こっぴどい敗北を喫していますし、欧米人を怖がっても当然でしょう。同じように長いこと植民地化されていた国々の人々も根深い劣等意識を持っています。
最近の日本の若者は欧米人に劣等感など持っていないと自負しているようです。まあ、結構なことですが、自信過剰は墓穴を掘る元になるとも思います。

私がミャンマーでいつも雇う観光タクシーの運転手は、英語も堪能なお医者さまです。この方が、第二次世界大戦で亡くなった英国人を弔う大きな墓地に連れていってくれたことがあります。ヤンゴンの郊外でした。
欧米風のきれいな庭園のような墓地で、お医者様が聞いてきます。
「どう感じます? 日本から来るお年寄りはみんな、涙を流して反省しますよ・・・」
「ふん、もっとたくさん英国人を殺しとくべきだったな」と、私は思わず、強気なことを言ってしまいました。会田雄次氏の「アーロン収容所」を読んだ方なら、同じように反応するのかもしれません。

私は、今でも欧米人を恐れている様子のインテリ医者に反発したかったのだと思います。
これはもちろん本音ではなく、英国人だろうが日本人だろうがミャンマー人だろうが、人物しだいで大切にしたくなるし、嫌いになるのが本当のところです。
さて、ミャンマーで、何度行っても、飽きないのがパガンの都です。
都といっても一〇〇〇年前に栄えたところで、今は廃虚にすぎません。
パガンは世界三大仏教遺跡の一つです。
その三つとは、インドネシアのボロブドゥール遺跡、カンボジアのアンコールワット遺跡、そしてミャンマーのパガン遺跡です。

パガン遺跡では写真のように、荒野に遺跡の残骸が寂しく残っています。往時の栄華を思わせる寺院の数は、数千もあるとのことです。
寺院のほとんどは赤レンガ作りで、石で造られたボロブドゥール遺跡やアンコールワット遺跡とは、趣が多いに違います。
王によってはレンガの組立の精緻さにこだわり、少しでもすき間を造ると職人の首を刎ねたという話も残っています。
よく見るとわかりますが、その有名な寺院のレンガは確かに、すき間がなく、まるでペルーのインカの石壁のように精緻に造られています。

パガンの楽しみの一つは、高い寺院に上って夕日が沈むのをみることです。
自動車もほとんど走っていませんし、東京には無い静寂を楽しみながら、夕日が沈むのを見ていると、人間ってなんでこの地球に生きているのだろう? 文化の繁栄とはなんだろう? 仏教信仰とは何だろうか? など、日ごろ気にもしないことを、考え始めてしまいます。
パガンの楽しみ方にはいろいろありますが、二〜三月の乾期に行くと、イワラジ川が一部干上がっていて、そこに臨時のbeerガーデンが開かれていたりするので、ビールを片手に、砂に足を埋め、夕日を眺めるのもお勧めです。
次回行くときは、気球に乗って、空からパガンを楽しもうと思っています。