
今回は人物写真にしました。
小坊主も可愛いですが、ピンクの袈裟を身に付けているのは、子供の尼さんです。現代風の服装をした若い女性は、ミャンマー第二の都市マンダレーからさらに奥地に入ったシャン州にある観光地の食堂で会って、モデルになってもらいました。

彼女は中国系で、親戚を頼って台湾に行くのだと言っていましたが、なんでこんな奥地に台湾に親戚を持つ中国人がいるのでしょう?
もしかすると、中国の国民軍の子孫なのかもしれません。
ミャンマー・中国・タイの国境は昔から麻薬の3角地帯として有名です。第二次世界大戦の終わりに、共産党軍との覇権争いに敗れた国民党軍が、ここに逃れて麻薬で資金作りを行い、毛沢東の共産軍に抵抗したのは、もはや昔の話になってしまいました。

ミャンマーという国は多民族国家で、現在ミャンマーを支配しているビルマ族も、その一つに過ぎません。現在の軍事政権は、多民族国家で、他の民族が武力闘争をはじめるかもしれないので、民主国家は無理だと主張しています。
ビルマ族は人口の六八%を占めていますから、彼らが国の中心になるのは必然でしょう。パガンの遺跡もビルマ族の栄光の残映です。

二週間前に、ミャンマーの官僚の月給が一万円と書きましたが、それは年給でした。なにしろミャンマーの貧しさは桁が違うので、うっかりまちがえました。申し訳ありません。現在の平均所得は年間で二万円のようです。月に二〇〇〇円程度の収入ですと、インドネシアのメイド並の給料ですが、物資の豊かなミャンマーでは食料品が豊富ですから、生き延びていけるのでしょう。
ちなみに日本で言うバイキング料理のように、食べ放題のお店に行くと、一人分の料金は日本円で一〇〇円です。これは古都パガンで経験した話です。

ミャンマーというと、軍事政権で危険と思われる方が多いようですが、現実は反対で、治安はよく、兵隊の姿も町中で見ることはありません。治安がよいのは軍事政権が力で支配しているせいでしょう。
ということで日本からの観光客が、身の危険を感じることはありませんが、現地の人々は、軍事政権を怖がっています。

歴史的に見ると、ビルマの王朝は一八〇〇年代まで、争い好きの圧制の国でした。家族とか血族意識は少なく、権力者になるとライバルやその子孫や家来だけでなく、自らの跡継ぎまで皆殺しにしたと言われています。
さて、子どもたちの集団写真とお年寄りの写真は同じ場所で撮影したものです。このお年寄りは、青年だった頃、敗走してくる日本兵を助けて、川を渡らせ、家に匿ったと、懐かしそうに語っていました。

ミャンマーと日本はいろいろと深い関係にあるのです。