
今回の市場の写真にしました。
市場はどこの国でもエネルギッシュです。
人間というのは不思議な動物で、何かものを作るか、自然の恵みを収穫して町に運ぶだけで、生きていくことができます。

他の動物は、みずから獲物を獲得しないと生きていけないですよね。
市場を持つ動物は、他に居るのでしょうか?
高等な霊長類のサルでも市場を開くという話は、聞いたことがありません。

山の民が芋などを海岸に運び、海の民は海産物を山の民と交換するような市場の姿は、一万二〇〇〇年前の昔から変わっていないようです。
これらの写真にも、たくましく生きる庶民の姿がみられます。
鳥を売っている女性は、昼間は目の見えないフクロウとか、いろいろな鳥を売っていました。

これらの鳥は、変われてから放たれると、またこのおばさんの処に戻っていくのだそうです。
東南アジアでは、善根を積むことが重要視されており、このような鳥や、あるいは魚などを買い、空や川に放つと、徳が積まれることになるそうです。
それにしてもミャンマーでは、一皿の野菜を売るだけで、生活ができるようですが、それも何か不思議な気がします。

女性たちは、ほっぺたに白い粉を塗っていますが、これは日焼け止めです。写真のお店で売っている木をすり鉢ですって、粉にして顔に塗ります。
アジアではよく見られる風景ですが、路上でお茶を飲みながら、談話する風習があるようです。日本的な喫茶店もありますが、そういう所は特権階級の行く場所のようで、庶民の喫茶店は路上です。
ミャンマーの識字率はアジアでは日本に次いで二番目に高いのです。
そのためか、古本屋がたくさんあります。

七〇年近くも英国の支配下にあったミャンマー人は英語が上手いだろうと考えていたのですが、若者はすでにそういう世界にはいないようです。
私が親しくなった大学院生の男は、おばさんの通訳を連れてきて、ようやく話が通じる有り様でした。ミャンマーは、もう英国圏から離脱しているのだな・・・と思わされました。

市場というと思い出すのは社会に出て初めての仕事についたときです。経済雑誌『実業の日本』の記者になったのですが、当時の編集長から「暇があったらデパートの上から下まで、ゆっくりと見学しなさい。それが市場の現状を知るよい方法ですよ」と言われました。そのせいか、今も一人旅をすると、必ず、その国の市場に足が向くようです。