
アンコールの寺院群を見に行かれましたか?
エジプトの大ピラミッドも生きているうちに必ず見るべき建造物ですが、ちょっと遠いですね。
でもカンボジアのアンコール寺院群へは、タイ王国の首都バンコックから飛行機で、一時間ほどでいけますから、ぜひ訪問することをお勧めします。

まさにアジア人の誇り、人類の誇りとも言える建造物群です。
アンコールには二度ほど行っていますが、また行きたいと思っています。
なにしろ広大な遺跡群で、一週間やそこらでは、主な遺跡しかカバーできません。
カンボジアのアンコール王朝はラオス、タイ北部と広大な勢力圏を持っていたのですから・・・。

アンコールワット(寺院)が建立されたのは一二世紀ですから、比較的最近の話です。
しかしアンコール王朝の基となった王国が生まれたのは西暦六八年頃で、その支配地域はタイの南部からスマトラ島にまで及んだそうです。
その王はインド人で、現地のマレー系の娘を妻にしたと言われています。
その後五世紀にはインドから遠征軍が到来し、征服され、ますますインド色が強い国家になっています。

カンボジアという国名になったのは六世紀のことで、地元出身の豪族がインド人の王を打倒して、王になってから命名しています。
このころから現存するアンコールの寺院群が建立され始めています。
八世紀にはジャワから侵攻軍が来て征服されていますから、当時の東南アジアにはかなり多くの王国が林立し、覇を競っていたようです。
そのご、ベトナムからのチャムの侵攻に悩まされたカンボジア王朝ですが、一二世紀には栄華を極めています。

アンコール寺院群には、インド文化の影響が色濃く見られます。カンボジアの宗教もヒンズー教と仏教だったようです。
でも、アンコール寺院群の建造物、装飾はカンボジア独特のもので、インドにも、インドネシアにも似たようなものは存在しません。
そこで、アンコール寺院群の芸術様式は、インドの文化が、現地に存在していたカンボジア古代文化と融合して生まれたものだとみなされています。

アンコールワットに関しては私の著書『沈黙の神殿』(PHP研究所刊行)で、詳しく触れています。
この本を読んで欲しいと言いたいところですが、残念ながらこの本は、書店にも出版元にも在庫がなく、私の手元にも一冊しか残っていません。
今回はアンコールワット(寺院)の外観を中心に写真を選びました。
夕焼けの写真ですが、色彩には手を加えていません。

最近はPhotoshopなどのソフトを使い、いろいろ写真の雰囲気を変えることができるのですが、この夕焼けの写真は、手を加えると悪化するだけで、オリジナルの色彩をそのまま使っています。
このような美しい日没に出会うのは、稀なことであり、ラッキー!でした。