
ポナペは夢のような島でした。
といっても意味不明ですね。
ユートピアを夢想させる島だった、という意味です。
ミクロネシアのポナペ島には、有名なナン・マドール遺跡があります。

ナン・マドール遺跡がいつごろ建造されたかは不明ですが、西暦500年から1500年頃だと見られています。
ポナペに行くには、まず日本に一番近いアメリカ、グアム島にいきますが、ここまで4時間。
そこからさらにチューク諸島経由で数時間ほど飛ぶとミクロネシア連邦の首都があるポナペ島につきます。
ここは南太平洋の真ん中、ハワイとマニラのちょうど中間に位置するそうです。
ポナペ島の大きさは直径21キロ、周囲112キロで、人口は4万3000人。

島民は徒歩で島を横断するのが普通だそうです。
ここは多くの島民がヤシの葉を屋根にした小屋に住む、時間の流れが遅い、のどかな楽園です
南太平洋の島ですから、もちろん火山島で、標高800メートルの高い山が2つもそびえています。
ポナペ島は16世紀にスペインの植民地となり、それをドイツが買い取り、第一次世界大戦の後からは日本の委任統治領となっています。

戦後はアメリカに統治されていましたが、1978年にミクロネシア連邦として独立しています。
この島のお年寄りは日本語を理解します。
読み書きもでき、話すことも上手だそうです。
そこで、うっかり島の悪口など言わないこと、と誰かに忠告されました。
ポナペ島で印象に残ったのは、子どもたちの笑顔でした。

写真にもあるように、よい顔をした子供が多く、そこでユートピアを連想したのだと思います。
おっと、大人の写真が入っていますが、われらが遺跡探検隊の仲間です。
空港が撮影されている写真は、石材場とされる山の頂上からの風景です。
この山から重たい岩が運ばれ、ナン・マドールの遺跡が造られているのです。ところが、この山は玄武岩でできているとは思えませんでした。

ナン・マドールに使われているのは、玄武岩だけではないようですから、この山から切り出されたのは、防波堤などに使われたのだと思います。
この山の名前は「ソーケスロック」でした。
一時間もかけて「ソーケスロック」を登り、汗だくだく、体くたくたになり、次に「ニワトリのうんち」という岩山を目指しました。この山は確かに玄武岩の塊でした。六角形や八角形の岩が簡単に運び出せそうです。
この岩山のそばには運河があり、切り出され岩は運河を下って海に入り、ナン・マドールの場所まで運ばれた、と言われています。

もっとも伝説では、魔術師が巨石を空に飛ばして運んだそうです。
玄武岩の岩は驚くほど重たいのでびっくりします。
小さな六角形の短い柱でも、持ち上げようとする、ずっしりとした重みを感じます。
ナン・マドール遺跡で使われている石は、ほとんどが巨石で、最低でも1本数トンはするでしょう。
たぶん来週の写真で出てきますが、重さ60トンぐらいの石もあると思います。

ポナペではジャングルの中の小屋に泊まりましたが、ザ・ビレッジというホテルでした。
昔ながらの草葺きで、屋根が高く、冷房装置もないのに、部屋の中は常に天然冷房で涼しく、快適でした。
(つづく)