
今回はグラハム・ハンコックの海底におけるカッコイイ写真と、海底で見つけた遺物らしきものの写真を特集しました。
『タリズマン』という本が竹書房から出版されましたが、ハンコックさんの著書です。
そうそう『神々の世界・アンダーワールド』(小学館)の文庫判もこの6月に発売されています。
『神々の世界・アンダーワールド』はまさにスキューバ・ダイビングの世界です。

まだ読んでいない方は、ぜひ、文庫版をお読みください。
考古学者の小林達雄教授と海洋学者の茂在寅男教授が、下巻・上巻の解説をしてくださっています
グラハム・ハンコックさんは世界的に有名な作家ですが、日本でも固定の読者がいるようです。
これまでの経験から言うと、グラハムの新刊書は七万部ほど確実に売れるようなので、コアのファンは七万人ぐらいいるのでしょうか・・・?
私はグラハム・ハンコックのファンではなく、仕事仲間です。

グラハムとの友情も10年続いていますが、距離が狭まると、衝突も避けられないもので、2回ほど大喧嘩をしています。
この喧嘩についても現在執筆中の『海底遺跡探検記』で詳しく書くことになるでしょう。
日本人のメンタリティーは世界的にもユニークですし、私は外国生活が長いのですが、根はやはり日本人なのでしょう、時々、価値観の面で彼と衝突をしてしまうのです。
いくら欧米人の気質がわかっていても、違いに我慢ができなくなるときがあるのです。
私は、かなり欧米人に違和感なく溶け込めるほうだと、自認しているのですが・・・。

さて、スキューバ・ダイビングをはじめたのはグラハム・ハンコックに求められたわけですし、『神々の世界・アンダーワールド』を完成させるためでした。
このプロジェクトを完成させるため、私は脇役に徹しました。
与那国の海底遺跡についても発言はしませんでしたし、写真も出さず、低姿勢を保って来ています。
私自身はリーダーにもなれるし、フォロワーにもなれると自認しています。
時と場合によって、必要に応じて、いろいろな役割を果たせると思います。

そう、『KJ法』を書いた川喜多二郎氏による『チームワーク』という優れた本がありますが、その本の精神を実行できるわけです。
でも、グラハム・ハンコックとの関係においては、これまで常に補佐官役でした。
当時、諸般の事情で、それが私に要求されたことだからです。

今思うと、グラハムと二度ほど大衝突したのは、補佐官役に飽きて、自己主張をしたくなったことも一因のようです。
さて、グラハムに付き合って、スキューバ・ダイビングをはじめましたが、私の空気ボンベの消費が早いのが大問題でした。
前にも書きましたが、黒くて深い海が恐い私は、空気をどんどん吸って、20分と海底にいられなかったのです。
そこで、一緒に潜るとグラハム・ハンコックに迷惑をかけるのではないかと、心配でした。

なぜならダイビングでは、一番のへたくそ、つまり初心者に他の人々も行動を合せるからです。
一九九七年九月、グラハムと初めて与那国島で一緒にダイビングをしましたが、ありがたいことに、初心者のグラハムも、空気の消費量が激しく、私のように20分しか海中にいることができませんでした。
たぶん、彼は体格も良いので、そのぶん消費量も多いのでしょう。
ところで、最後の三枚の写真は、海底で見つけた遺物のように見える石です。

見つけたのは与那国島の名物男の一人、和泉用八郎さん。
和泉用八郎さんは子供の頃から、与那国の海に潜っており、何がどこにあるのか精通しています。
最初の写真は、牛の浮き彫りに見える石で、琉球大学の木村教授も人工物ではないかと考えています。
この石を運び出すのには沖縄本島のマスターダイバーである長木さんが協力してくれました。
私にとっては最後の写真が、一番人工的に見えます。
変な平たい石に、穴が開き、割れ目が入っています。
これは古代人が火を起こすために使ったのではないでしょうか?

ワラをおいて、その上から木の棒を押し付け、ぐるぐる回せば、火がおこりませんかね?
和泉さんを通して、木村教授にこの石板を見ていただいたのですが、興味を示されなかったそうです。
その後、考古学者の小田静夫氏と知りあうことができたので、この石板を探したのですが、和泉用八郎さんに探していただいても見つかりませんでした。どこか地上にあるのですが・・・。
残念!
(つづく)