kitombo.com | 大地舜のフォトギャラリー | 2005年8月1日 
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大地舜のフォトギャラリー
「大地舜のフォトギャラリー(30)
与那国島(10)」

大地舜
8月1日

 写真1の大木は与那国名物の一つだと思います。
 見事な枝ぶりですね。ぜひ見に行ってください。
 写真2ですが、1998年にはじめてみたとき、手前に文字のような切り込みがあり、その先のプラットホームの上に巨石が鎮座していました。
 現在、巨石は2001年(?)の台風の荒波に押し流され玉座から転がり落ち、右手のほうに転がっています。
 ここは周りより少し高くなっており、まるで誰かが巨石をプラットホームに載せたかのように見えていたのです。
 でも、自然のいたずらだったようです。
 写真3は、遺跡ポイントからかなり西側の海底です。
 2002年に、和泉用八郎さんが案内をしてくれましたが、なかなか魅力的な地形です。
 木村琉球大学教授の調査団も、ここまでは手を伸ばしていい無いようです。
 そういえば、この場所と遺跡ポイントの間には、直径五メートルほどの大きな黒いボールが転がる場所があります。
 このボールはサンゴでできているのではないかと言われているのですが、異様な光景でした。
 でも肝心の写真が見つかりません。
 そのときのダイブは(1999年?)潮に流されながらのドリフトダイビングでした。
 たぶん光景に見とれて、撮影を忘れたのだと思います。
 4番目の写真は写真3と同じ場所ですが、すこし海岸に近づいています。
 右に見える岩は、ゴジラのようですね。
 その先に奇妙な壁がありました(写真5)。
 人工的に見えますが、まさかこんなところにポツンと、壁があるわけはないし、自然の工作なのでしょう。
 左上のアーチといい、左下の直線といい、右の四角い岩の集合体といい、何やら面白いですね。
 6番目の写真は、海岸から沖合に戻るときのものですが、この辺り一帯の岩も、奇妙に規則正しく、まるで人間がカットしたかのように見えました。
 そろそろ与那国島ともお別れです。
 7番目の写真は遺跡ポイントの全体写真です。
 浮上しながら撮影したのですが、遺跡ポイント全体のだいぶ東寄りが写っています。
 これを見ると、ただの自然の岩場に見えますが、近くで見ると極めて人工的です。
 でも縄文尺(縄文時代に多い寸法でたしか基準が33センチ?)の寸法ではつくられていませんでした。
 つまりこの海底遺跡が岩切場だとしても、縄文人とは関係がない可能性が高いということです。
 与那国の海の底には尽きせぬ興味を湧き起こす何かがあります。
 スキューバ・ダイビングのできる方には、お勧めのダイビングスポットです。
 最後の写真は海上から見た遺跡ポイントの場所です。
 このがけの上にはべろを出したような奇妙な奇岩が見つかり、与那国島名物の一つになっています。
 べろ石の発見者は黄トンボ仲間のゴン皇帝。
 ゴン皇帝は天に選ばれた方のようで、いろいろと導かれては発見をする方です。
 与那国島も最後になり、次回は慶良間の沖合にある海底下四〇メートルの、センターサークル、ストーンサークルをお届けします。

(つづく)

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