
最初の写真は沖縄本島の北谷の沖合にある城壁のような遺跡です。
初めてこの場所の見学をしたときは、スキューバダイビングの装備を背負い、海岸から泳いで行きました。
いわゆるビーチダイブという方法です。
ボートダイブは楽です。
何しろ、ボートでダイビングスポットまで運ばれて、そこからドボンと海に飛び込めばいのですから・・・。
もっともガイドが場所を知らないと、ポイントを探すのに時間がかかって大変です。
それに、ダイブ船の船長が不慣れでも危険です。

海上に頭を出したら、「船が無い!」・・・という事態にも遭遇するのです。
私は幸いにして「船が無い!」・・・「漂流するしかない・・・」という経験は1度しかしていませんが、仲間の作家グラハム・ハンコックは3回も経験しています。
さて、ビーチダイビングですが、これは体力を消耗します。

この写真を撮った時は、海岸にもどる前、海底下5メートルのところで、空気量をはかるメーターがほとんどゼロを差していて、焦りました。
何しろメーターがゼロになるのは、初めての経験でしたので・・・。
でも、そのまま海底下1メートルぐらいの深さで、海岸を目指しました。
いつ空気が吸えなくなるかと、不安でいっぱいでしたが、そのままビーチにたどり着くことが出来ました。
このときはグラハムもサンサ夫人も私も、3人とも空気量ゼロで浮上しています。

さてこの城壁のようなものは何でしょうか?
U型に切り込まれていますが、なにやら沖縄の陸上にあるお城(グスク)の城壁と良く似ています。
2枚目、3枚目4枚目は、同じ城壁を上から見たものですが、城壁にはU型の切り込みが2ヶ所あります。
城壁の上には人が通れるような通路があります。
この近辺には、階段状の場所もあります。
これは一体なんでしょう?

古代の城壁跡だと考える方もたくさんいます。
もっとも、この近くで働く漁師さんの一人は、「米軍が空軍基地を建設したときに、この辺りの砂を浚渫したので、その名残だ、珍しいもんじゃない」と力説しました。
この方は若い方で、米軍の仕事を目撃したとしても、まだ子供だったでしょう。
この漁師の見解が正しいのかもしれません。
5枚目の写真は沖縄本島から船で2時間のところにある粟国島のそばの海底写真です。

これは明らかに人工物ですが、なんのために造られたのかさっぱりわかりません。
粟国島の沖合300メートルぐらいのところに大岩があって、その表面に、このような穴が7つぐらい開けられています。
大岩には流れの速い潮流がぶつかっており、ダイビングには危険な場所でした。
でも、船がそばに錨を下ろし、急流の中、そのロープを伝って大岩にたどり着きました。

ハンコックさんは、この穴が古代の墓ではないかと言います。
古代エジプトにも似たような墓があるそうです。
粟国島の人は、井戸だとか、石切り場だったと考えています。
岩を丸く切り取り、巨大な容器を作ったのだろうというのですが、方法が不明です。
最後の写真は、西表島の近くにある海底トンネルです。このトンネルになっている洞窟の途中に、まるで祭壇が造られているかのような場所がありました。
自然の造形力には敬服します。

来週は、台湾の写真です。
(つづく)