
最初の写真の石群には、小さな丸い穴が開けられています。
これは何のための穴でしょうか?
これらの石は何に使われたのでしょうか?
与那国島の海底からも、似たものが発見されています。

二番目の写真の石は、先週の巨大な石の柱と同じように、卑南文化のものだそうです。
立て札には中国語で、二〇〇〇年から三〇〇〇年前に使用されていたものだと書かれています。
三番目の写真は同じ岩ですが、動物が口を開けているようですね。
これまた何に使われたのかが不明です。
四番目と五番目の写真は、南米のインカによくみる巨石です。

二ヶ所の突起部がありますが、インカの巨石の多くにも、このような突起物がつけられています。
運ぶときのものでしょうか?
この石を、インカの遺跡の間に置いても、全く違和感はありません。
『史前文化』という中国語の本によると、この大岩は八桑安という場所にあり、麒麟文化のもので三〇〇〇年前のものだとあります。
海に面する丘の上にポツンと置かれているのですが、いったい何を意味しているのでしょう。

南米みたいにこういう石が至るところに転がっていれば、巨石文明があったとも言えるのですが、一つでは、なんとも説明のしようがありません。
海を渡って運ばれてきた? まさか!
ところで、台湾にはいくつかの洪水伝説が残っています。
世界中に残る洪水伝説とそっくりです。
二人の子供が木の器に入って漂流し、台湾の高い山にたどり着いたというのは、その典型的なものです。
洪水伝説が何もないところから生まれるわけは無いし、太古に台湾に大洪水で流されてきた人々がいたのだと思われます。

台湾に近い日本に洪水伝説がないのはなぜでしょう?
なぜ台湾にはあるのでしょう?
面白いことに、台湾のある山岳地帯の民族は「船」とか「魚」という言葉を持っていないそうです。
これまた不思議です。
台湾も複雑で古い歴史を持つようですね。
この旅行の案内をしてくださった台湾の女性は高砂族の方でした。

日本が統治する前の高砂族は、首狩りで有名でした。
でもこの女性は温かくて優しく、安心しました。
六枚目の写真は、台北の北にある標高一一二〇メートルの七星山のそばにある小山です。
案内してくれた方はピラミッドだと言っていましたが、小山から写真の手前の部分までトンネルが走っているようです。確かに途中の道で高くジャンプして着地すると、地下に空洞があるような奇妙な音がします。
台湾は親日的な国だと感じました。
それに中国語が読めます。

日本と漢字が一緒だからです。
ところが本土の中国に行くと漢字が簡略化されていて、意味がよくわかりません。
台湾の中国語の看板を、すらすらと英語に翻訳してグラハム・ハンコックさんに通訳したら、目を真ん丸にして驚いていました。
中国語を勉強しに行くなら台湾がいいですよね。
いつか中国語(北京語)を学んで、中国の古代の文書を研究して見たいと思っています。
(つづく)