
台北の松山空港から南西に飛んで四五分ほどで澎湖島の大きな町、馬公に到着します。風光明媚な澎湖島はハネムーン客で溢れていましたが、作家グラハム・ハンコック夫妻と私は、翌朝からさっそく海底遺跡の調査ダイブに取り組みました。
虎井島の沖合に古代の城壁が眠っているというのです。虎井島は中国大陸と台湾本島の間に横たわる澎湖群島の一つで、軍事要塞です。
この海底城壁の規模ですが、南北に二〇〇メートル延びており、途中に東西に一五〇メートルほどはしる城壁があり、交差しているとのことです。東の沖に向かって深さ四〇メートルにまで達しており、北に延びる城壁の端には丸い台座の残骸があるということです。
翌朝、さっそくダイビングして、この城壁の全体像をつかもうとしました。まずは東の方向に深さ二〇数メートルまで潜り、引き返して、北端にある丸い台座を目指しました。

この辺りの潮の流れは奇妙で、流れが前から来たり後ろから来たりします。この日は、潮の流れが強く、台湾のガイドの方たちは、一本潜っただけで、私たちを虎井島に案内しました。「潮の流れが良くなるのを待とう」ということでした。
虎井島の港に入ると、軍隊のトラックと小型バスが待っており、島の東側の高台に案内されました。島の東側には防空壕がたくさんあり、高射砲や戦車が隠されています。東側ということは、中国大陸から飛んでくる飛行隊を後ろから砲撃しようという考えなのでしょうか? それにしても戦争だけは起こして欲しくないですね。東側の高台からはその日に潜った城壁一帯が一望にできます。

結局、この日は海が荒いというので午後からのダイビングは中止となりました。グラハム・ハンコックさんはカンカンに怒っています。まあ、それも無理はありません。五〇〇〇キロも離れた英国からやってきて、ダイビング予定も二日しか取っていないのに、一回しか潜れなかったのですから・・・。それに我々の調査ダイブでは、この程度の潮の流れは問題にしないという、マッチョな習慣がありました。
台湾の人々によく話を聞くと、「地元の漁師が明日は天気が良く、潮も無いと言っている」とのことでした。
夕方から夜にかけては、ハンコックさんのご機嫌は最悪で、台湾の人たちが用意してくれた宴会にも出てきません。
そこで三人だけで食事をして話し合いました。

「やつらは何を考えているんだ。俺は遠い英国から来てるんだ。明日天気が悪かったらどうするんだ。今日、あと二〜三回はダイブするべきだった」
「グラハム、その気持ちはわかる。だが明日は天気になるし、好きなだけダイブできると思う。明日は朝早く出発しよう」
「ガイドたちの見通しなんか信用できるか」
「もちろんできないさ。でも俺は地元の漁師の言葉は、信じるね」
実は、台湾に来る前に沖縄の慶良間諸島のセンターサークルでダイビングをしてきています。このときは天候も良かっただけでなく、センターサークルの真ん中を白くて大きなサメが泳いだのです。ところがサンサ夫人はこのサメのビデオを撮影していなかったのです。そこでハンコックさんのご機嫌はさらに悪化していたわけです。

これについても私の意見を言いました。
「グラハム、イチローという野球の選手、知ってる?」
「知らない」
「アメリカの大リーグでもトップの選手なんだけど、彼のモットーは、その日に終わったことは失敗があったら反省して、明日には引きずらない・・・ということなんだ。だからいつも立派な成績が残せているらしい。我々もマネをして失敗にいつまでもこだわるのは止めよう」
「じゃー、私の慶良間での失敗も、もう許されるのね。よかった」とすかさず、サンサ夫人が上手に身を守ります。
グラハムは苦笑するだけでした。

翌朝は朝五時に起きて六時には船に乗り、七時には虎井島の東側に到着しました。潮は流れていません。このあたりは八卦の潮といって、八方から潮が流れてくるそうで、地元の漁師によると、潮が止まるのは早朝だけだそうです。
この朝は静かな海に守られて、浅いこともあり五回もダイブしてグラハムも大満足でした。
この城壁の奇妙なのは、積まれたように見える石が取り外せることです。大きさは三〇センチx六〇センチぐらいですが。積まれたような石は写真のように階段状のところにありました。
一体これは、なんなのでしょう?
最後の写真のような、海底から火山が吹き上げてできた岩脈でしょうか? それにしては東西南北にはしっているのが奇妙です。
海の底にはまだまだ不思議なものがたくさんあるようですね。
(つづく)