kitombo.com | 大地舜のフォトギャラリー | 2005年10月17日 
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大地舜のフォトギャラリー
「大地舜のフォトギャラリー(41)
マチュピチュ遺跡(ペルー)」

大地舜
10月17日

 ペルーの山の中に潜む空中都市マチュピチュは、ほんとに不思議な場所です。切り立った山の上に段々畑があり、住居があり、宮殿や神殿を備え、日時計があり、ヤギを飼育していたのですから・・・。人口は5000人ほどだったと見られています。
 どうみても何かから逃れて別世界を作ったように見えます。
 何から逃れたのでしょう? 敵の侵略でしょうか?
 確かに山の下からは遺跡の存在がわかりません。隠れ家にするには最適でしょう。
 事実、16世紀にはインカの皇帝マンコがここを本拠地にしてスペインに抵抗していたという説もあります。しかし、遺跡の建物を見ると、精密に作られた古い城壁や建物、粗雑な城壁や建物があり、異なる時代に数回にわたり増設されたことがわかります。
 ペルーの他の石造遺跡と同様に、古そうな建物、土台部分に存在する石ほど精緻な造りになっています。
 敵の侵略を恐れて王国が作った都市にしては、規模が小さすぎると私は思います。それよりも、シャーマンか預言者に率いられた人々が、天変地異を予測して高地に逃げて作った町のような気がしてなりません。何しろ孤立無援の神秘的な場所に作られているのですから・・・。
 でも、その古さは不明です。現在まで立派に残っているということは、それほど古いものではないということでしょう。でも、15世紀初頭のインカ帝国よりも、はるか前に作られた部分もあるとは思います。
 マチュピチュには一泊して、2日目はのんびりと遺跡を楽しみました。最初の写真は、草むらに横たわり昼寝をしながら、太陽が雲間から出てきて遺跡を照らすのを待って撮った写真です。
 寝そべっていると、ヤギが「おい、邪魔だよ」とばかり近づいてきて、顔をのぞきこみます。でも基本的には友好的なヤギたちでした。
 2枚目は日時計。3枚目の写真は方位を示している石です。このような石が与那国島の遺跡ポイントの最上部にもありました。
 4枚目の写真は寝そべっていた草むらのそばにあった岩です。このような岩の細工を人類は好むようです。インドのマハーバリプラムにもありましたし、台湾の山の中にもありました。
 5枚目の写真の右側に見える木の下からは、人骨や黄金の仮面などが発掘されたそうですが、インカ帝国時代のもののようです。
 6枚目のカーブを描く壁は見事な造りですね。左側の壁の石も見事な造りですが、その上の壁は粗雑に作られています。
 7枚目の写真は遺跡の後ろに黒くそびえるワイナピチュ峰の頂上で撮った写真です。
 「旅は道連れ・・・」で、マチュピチュではロサンゼルスから旅行に来ていた三井銀行の社員と一緒になりました。彼と草むらで昼寝をして、黒くそびえるワイナピチュ峰に一緒に登ったのです。登るのに1時間半ぐらいかかったでしょうか・・・ごく楽な登山でした。
 私は満面笑顔ですが、それもそうでしょう・・・高校生の頃から夢見ていたマチュピチュに来ていたのですから・・・。
 このとき(1998年)、三井銀行の社員は「日本の銀行業は世界から取り残されている。このままではそのうち欧米の金融機関に叩きのめされる・・・」と心配していましたが、その予言は見事に当たってしまいました。
 政府に過保護されている業界は、すべて同じ運命にあるのでしょうが、国際化の波にのまれて、日本の銀行がたくさん消滅してしまいましたよね。
 マチュピチュはクスコから100キロのところにあり、可愛い赤い電車に乗って訪れました。鉄道の脇にはウルバンバ川がいつも流れていました。相当な激流で、これでは川下りは出来ません。
 この川からマチュピチュの遺跡まで、呑み水を吸い上げていたそうで、今でも遺跡には清水が流れていました。

(つづく)

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