kitombo.com | 大地舜のフォトギャラリー | 2005年11月7日 
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大地舜のフォトギャラリー
「大地舜のフォトギャラリー(44)ペルー(4)」

大地舜
11月7日

インカ帝国の首都クスコ
 海岸沿いの町リマから飛行機で1時間、高度3300メートルのクスコに到着します。
 インカ帝国はなんでこんな高いところに首都を置いたのでしょう? 
 南米のプレインカ文明は海岸沿いに発達しています。それがこんな高地にまで引っ込んだのには、なにか理由があった筈です。
 大きな津波に襲われてプレインカ文明は滅んだのでしょうか? 
 クスコは赤い屋根の家が密集する小さな町です。
 15世紀初頭にインカ族は他民族を押さえ、北はコロンビア南部、南はチリ中部におよぶ広大な帝国を築いたことで知られています。
 始祖マンコ・カバックはボリビアのティティカカ湖周辺の出身です。インカ帝国の前にはティティカカ湖のそばにティワナコ文明が栄えていましたので、この文明の後裔なのでしょう。
 クスコとは「世界のへそ」の意味だそうですが、宇宙の中心だと考えていたそうです。
 クスコの街を歩くと至るところにインカあるいはプレインカの石壁があります。有名なのは12の角を持つ石ですが、2枚目の写真も8角しかありませんが面白いですね。もっともこの写真はクスコのものではないかもしれませんが・・・。
 インカあるいはプレインカの石組みのすごさは、来週、写真で説明します。
 3枚目の写真は太陽の宮殿の石壁です。
 スペインのピサロによって征服されたインカ帝国の太陽の宮殿は、キリスト教会に衣替えされました。その証拠が4枚目の写真で。このようにべたべたと派手に装飾されていたのです。
 現在、この装飾ははぎ取られて、昔の石組みが露出しています。
 これらの石壁はまるで鋼鉄の壁のような印象を与えます。
 大きな地震があるとスペイン人の建てた教会のような建物は、もろくも崩壊しますが。プレインカ、あるいはインカの石壁はびくともしません。
 それはそうでしょう、精度があまりにも違うからです。
 7枚目の写真は太陽の宮殿の中庭に置かれていた石の桶です。これは黄金の板が貼り付けてあったそうですが、すべて略奪されています。
 太陽の神殿のすべては黄金でおおわれていたと言うことです。黄金のトウモロコシなどが飾られてそうですが、それがすべてスペイン人に持ち去られてしまったのです。
 当時のヨーロッパ人はまったくの野蛮人で文明の破壊者ですよね。こういう狂信者は、カソリック教徒でも、イスラム教徒でも、ユダヤ教徒でもキリスト教徒でも仏教徒でも何教でも大嫌いです。
 さて、この調査旅行に行った当時のペルーでは、日系のフジモリさんが大統領だったのでそれほど感じませんでしたが、ボリビアに行くと、今でも白人種がインディオたちを強烈に抑圧・支配していることを感じます。
 オリバーストーン監督による『アレキサンダー』という映画を観ましたが、文明を破壊するのは野蛮人であり、その野蛮人が古い文明を吸収し、新たな文明を作っていくのですね。
 もっとも、インカ文明は破壊されただけで、そこから新たな文明は生まれていませんが・・・。
 クスコに数日滞在し、三井銀行ロサンゼルス支店のX氏と待ち合わせて、アルマス広場の酒屋で、いっぱいやりました。夜のアルマス広場は繁華街の中心にあるのですが、電灯が暗く、夜の六本木や赤坂とは大違いです。
 うらぶれた酒場の片隅でトウモロコシから作ったチャチャ酒を呑みながら、インディオたちの哀れな運命に思いをはせました。

(つづく)

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