サクサイワマンの城壁

写真1が巨石による石壁で有名なサクサイワマンの全景です。
後ろの盆地にクスコの町並みが見えます。
サクサイワマンはクスコの町の東側を守る堅固な要塞だったといわれています。
事実、1536年5月にはスペインに反抗した皇帝マンコ・インカはここに2万人の兵隊を率いて陣取っています。

ところが当時のインカ帝国の兵隊は夜に闘う習慣が無く、あっさりとスペイン軍に打ち破られたとのことです。
インカには専門の軍隊は無く、農民が畑仕事の合間に闘っており、スペインのプロの軍人にはかなわなかったようです。
それにしても欧米人種と言うのは、トインビー氏が『歴史の研究』で指摘するように、今も昔もものすごく闘争心・競争心が旺盛ですね。
彼らと闘うのは大変です。

体力は優れているし、肉食人種で生命を宿す動物を殺すことにためらいがありません。そのうえカソリックの狂信者だったら、もう神懸かりですから、かないませんよね。
そう思うと、日本人はよくも欧米諸国を相手に戦争を起こす気になったものだと感心します。
さて、見ればわかりますように石組みは3層に積み上げてあります。
3層の巨石は22回のジグザグを描きながら360メートルにわたって連なっています。

最大の石は重さ360トン、高さが5メートルもあります。
石は近郊だけでなくクスコから88キロ離れたオリャンタイタンボの聖なる谷からも運ばれているそうです。
サクサイワマンの要塞からはクスコの主要な建造物まで地下道でつながれていると言う伝承が残っているのですが、まだ真相が突き止められていません。
真相が突き止められないのは、あまりにも多くの地下道があり、どこからどこにつながっているのかがわからないからだそうです。

写真の2から6まで似たような写真を並べてしまいましたが、2枚目と6枚目の写真の手前にある岩が丸くなっているのが気になります。
岩が丸くなるのは、川などで上流から押し流されるせいだと思います。
こんな大きな石が、川でごろごろと流されたのでしょうか?
この辺りにある川は急流ではありますが、こんな石をごろごろ転がすほどの川幅はありません。

人工的に丸くしたのでしょうか?
あまりにも多くの石が丸みを帯びているのが気になりますが、これは人の手で丸められたものではないでしょうか?
4枚目の左端にある巨石が重さ360トンあるといわれるものです。
サクサイワマンも巨石による石壁は、たしかに太陽の神殿にある石壁と同じように見事な造りです。でも何か粗っぽい造りですね。目的が要塞ですから、見た目の優雅さは必要なかったのでしょうが・・・。
ここは要塞ではなく、宗教行事に使われた場所なのだと言う説もあります。
現代では毎年6月24日に『太陽の祭り』がここで行われます。

2つの丘陵に囲まれた広場は、確かに大規模な祭典にぴったりだと思います。
(つづく)