kitombo.com | 大地舜のフォトギャラリー | 2005年11月28日 
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大地舜
11月28日

オリャンタイタンボ遺跡
 オリャンタイタンボ遺跡はクスコから80キロの谷間にある要塞だったといわれる建造物です。
 1枚目の写真が全貌ですが、右側の傾斜は段々畑です。左手の高台に建造物がありますが、そこが要塞だったようです。
 オリャンタイタンボのタンボというのはインカの公用語のアチュア語で宿場のことですが、この近所にはインカの古い村が残っています。この村はしゃれた雰囲気でインカ時代の下水道や上水道が完備していました。
 2枚目と3枚目の写真が要塞の壁ですが、ここに腹ばいになって、下から攻めてくる兵隊を弓矢で射れば、効果的でしょうね。
 記録によると、1536年に皇帝マンコ・インカはここに立てこもり、スペイン兵を撃退しています。
 4枚目の写真はこの壁の一部ですが、見事な出来ですね。
 5枚目は住居地域への入り口のようです。
 6枚目の写真が奇妙な6枚岩です。それぞれ50トンもある6枚の巨石が、谷を隔てた向かい側の山の山頂から運ばれています。
 つまり山から下ろし、ウルバンバ川を渡り、再び高度150メートルの高さまで運び、そこで精密に組み立てられているのです。
 この6枚の50トンの岩には突起がついているので、これを利用して運搬したのでしょう。
 この壁の高さは4メートル、幅は10メートル、奥行きは1メートル程度です。
 6枚の岩の間には細い石が埋められてありますが、これも他では見かけない趣向です。この6枚岩は太陽神殿の基礎なのだろうと言われています。
 オリャンタイタンボ遺跡がボリビアのチチカカ湖の湖畔で繁栄したティワナコ文明と深い関係があったことは、まず間違いないと言われています。
 6枚岩の一枚にはジグザグの菱形模様がありますが、これがティワナコにある模様とまったく同じなのです。また9枚目の写真の岩の切り込みも、ティワナコ遺跡にあるものと、うり二つです。
 インカ帝国の伝承によると、インカ文明の源流はティワナコ文明にあるそうです。したがって、オリャンタイタンボ遺跡にティワナコ文明の痕跡が見られるのは、伝承が正しいことを示唆しています。
 この6枚岩を裏側から見たのが7枚目の写真です。
 何か粗雑な造りですよね。たぶん後期の工作ではないでしょうか?
 プレインカの石壁だったら、雑草が生えてくる余地無く石を組み上げているはずです。
 オリャンタイタンボ遺跡はすでに廃虚です。8枚目の写真もなにやら興味深いと思います。この大きな突起はなんでしょうか?
 普通はもっと小さな突起がついています。運搬に使う突起だとしたら、なぜこんなに大きいのかが不明です。
 まあ、オリャンタイタンボ遺跡は謎だらけです。
 6枚岩の巨石も表面が磨かれており、鏡に使ったのではないかとすら言われています。
 9枚目の写真は巨石と巨石をつなぎ止めるために彫られた切り込みです。
 ボリビアのティワナコ遺跡にもまったく同じものがありますが、アメリカの考古学者の調査によって、この切り込みには鉄よりも硬い、銅の合金が流し込まれていたことがわかっています。
 ティワナコ遺跡ではその銅の合金が発見されていますが、オリャンタイタンボ遺跡では見つかっていないようです。
 来週はティワナコ遺跡を訪問します。


(つづく)

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