
ティオティワカンには2回ほど訪ねています。1回目はまだ独身だった35年前です。若者15名を募集してツアーを組み、サンタフェ近郊のアメリカインディアンのプエブロ族の村に泊まり、その後、メキシコを訪問しました。
当時はアメリカインディアンの文化にほれ込んでおり、インディアンの若者たちとの文化交流を夢見ていました。メキシコに行ったのもインディオの文明であるマヤに興味を引かれていたからです。

残念ながらこのときの旅は単なる物見遊山に終わってしまい、プエブロ族との交流は長続きしませんでした。でもいまだにプエブロ族の酋長の深いしわが刻まれた威厳のある風貌が目に焼き付いています。彼らは間違いなく誇り高き人々です。深い知恵の持ち主であると言う印象も残っています。
さて、ティオティワカンですが、遺跡全体がずいぶんと修復されているようです。修復されているということは、オリジナルの部分が少ないと言うことでもあり、ちょっと興ざめでした。

1枚目の写真は「月のピラミッド」の頂上からの眺望です。左手に見えるのが「太陽のピラミッド」で真ん中の道が「死者の道」と呼ばれています。「死者の道」やピラミッド群が空の星と相関関係にあることは『神々の指紋』でも、詳しく語られていましたよね。
ティオティワカンの文明は紀元前200年には興隆しており、紀元700年頃まで続いたとされています。人口も最盛期には20万人も住んでいたそうです。当時は世界最大の都市だったでしょうね。
ティオティワカンは宗教遺跡だとされています。まあ、この写真を見ても確かに宗教を中心として、周りに農村があって都市を支えていたことが想像されます。

2枚目の写真は「太陽のピラミッド」です。高さは65メートル、底辺の1辺は225メートルで、地球の姿を模していることは『神々の指紋』でも触れていました。階段のステップは248段あります。

このピラミッドの頂上に座って景色を眺めていると、なぜ、こんな巨大なピラミッドが必要だったのだろう・・・と不思議な気持ちになります。権力の誇示のためでしょうか? 天に少しでも近いところに神殿を造りたかったのでしょうか? 地球の寸法を知っていることを後世に伝えたかったのでしょうか? それとも神の啓示を受けて、このようなものを作ったのでしょうか? 彼らの神、そして信仰は、いったいどのようなものだったのでしょう?

それらの疑問に答えるヒントになるものが、4枚目〜6枚目の写真です。
4枚目の建造物は「ケツアコアトルのピラミッド」と呼ばれており、遺跡全体の南側に位置しています。つまり「月のピラミッド」の反対側です。
5枚目、6枚目のケツアコアトルは羽毛を持つ蛇であり、水と農耕の神でもあります。「ケツアコアトルのピラミッド」はケツアコアトル神と雨の女神トラロックなどの彫刻でおおわれているのです。

初めてみたケツアコアトルは、なんだか中国の龍みたいだな・・・という印象しかありませんでした。ところがグラハム・ハンコックの新刊書『スーパーナチョラル』を読んだところ、さらなる洞察が出来るようになりました。
ケツアコアトル神、つまり羽毛の蛇はティオティワカン文明のシャーマン兼神官たちが、異次元の世界に旅して出会った知性ではないでしょうか。
もしかすると、ティオティワカン文明のシャーマン・神官たちは、羽毛の蛇から多くを学んで文明を築いたのではないでしょうか。ティオティワカン文明は優れた天文学的知識を持っていました。このことはマヤ文明全体にいえることです。

ティオティワカン遺跡はなんのために作られたのでしょう? 太陽のピラミッドはなんのために造られたのでしょう? たぶん、羽毛の蛇の知恵を借りて作られたのでしょう。羽毛の蛇は神官たちに何と言ったのでしょう?
私の想像では、「地球も人類も、宇宙の落とし子だよ」とでも言われたのではないかと思います。そして地球の大きさや宇宙の広大さ、宇宙の歴史について教えてくれたのでしょう。それを記憶するために作られたのがティオティワカンの建造物ではないでしょうか。
7枚目と8枚目の写真は、「ケツアコアトルのピラミッド」の近辺で見た石です。ペルーやボリビアの遺跡と同じように、石に刻みを入れてつないでいることがわかります。接合もかなり精緻だと思います。
(つづく)