Georgia
「アメリカ留学(1)」
Takahiko Yamazaki
9月1日
今回は日本語で書いてみることにしました。これからは僕がアメリカに出てきてからの経験について書いてみようと思います。結構いろいろやってきたので皆さんにも紹介して、少しでも役に立てたらなーと思っています。〔もしくは変なやつとおもわれるかもしれませんけど。
英語もろくにできず、アメリカに来たのは1999年の夏、日本に長年付き合ってた彼女を残してアメリカに独りで来ちゃいました。何できたのかと聞かれると、自分でも良く分かりません。あえて言えば、国際結婚のあいだでうまれたぼくは何か国際的な社会で役に立ちたく、日本で何をしたら言いか分からなかったのではないかと思います。
とりあえず何かを探すために来たアメリカで最初に出合った問題は大学内にある日本人社会の問題でした。アメリカに来たという理由で、日本語をしゃべらないことにしていたので、一緒に来た日本人には変なやつ扱いをされちゃいました。この大学では僕の本当の大学〔ノックス〕に行く前に英語をもう少し勉強に夏の期間通うだけだったのですが、一ヶ月もしないうちに日本人社会のごたごたへと巻き込まれてしまいました。
親のすねかじりできている甘えた根性の日本人学生ばかりが夏セメにいました。この学生たちはバイトもしないで新しく来た新入生の女の子と遊ぶことばかりしていました〔先輩の受精人は嫉妬ばかりしていました〕。こんな先輩方や新入生たちは英語を学ぶことも忘れて彼女、彼氏探しで忙しくしていました。中には2年か3年もいるのにろくに英語のしゃべれない人間もいました。僕も若いので、、、、、いろいろありましたけど、自分がアメリカにいる理由を常に考え、勉強には精を出していました。メロドラマのようなどろどろの三角関係など日常茶飯事でした。とくに日本人社会のように小さい社会があると、隅の隅まで人の汚さというものが見えてきます。
このような社会から逃げるかのように僕はダンスやスポーツで他の人間たちとも枠を広げていきました。この短いアメリカの最初の夏に僕はとても大切なことを習った。言葉の壁とは自分の壁なのだと。言葉に壁というものは存在しない。僕はろくに言葉もしゃべらなかったけど自分の意思とやりたいことをやって友達を作っていきました。まとめていうと、自分が今いる理由と場所を考えそこで楽しく生きるようにすればいいということだ。
この教訓は今の僕にも使われています。皆さんももう一度なぜ自分がそこに住んでいるのか、そして何をしたら楽しくできるかを考え、すぐに行動を起こしてください。恥ずかしがっても考えすぎてもだめですよ。行動が一番ですから。
〔To be continued〕
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