六年たって判明した
前期旧石器遺跡ねつ造事件の真相と
低迷する旧石器考古学
・・・藤村さんのことを非難する考古学者は、今ではほとんどいませんよ。お仲間だった横山裕平さんも、旧石器遺跡発掘は「インド大魔術」だと一九九九年に認めていますし、周りの人は藤村さんのねつ造を知っていたのですよ。一人で責任をかぶることはありません。
藤村新一:でも悪いことをしたと思っています。
・・・悪いのは藤村さんだけではありません。藤村さんは周りの期待を一身に受けて、そのプレッシャーに負けたのだと思います。もう悩むのをやめて元気を出してください。
藤村新一:心身症なので昔の事を思い出すと身体がぶるぶる震えてくるのです。ジャーナリストには会うと症状が悪化するので、インタビューには応じたくありません。
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神の手・藤村新一から電話がかかってきたのは二〇〇六年五月の終わり頃だった。いろいろ説得し二〇分ほど話したが、インタビューに応じるとは最後まで言わなかった。
旧石器の遺跡ねつ造が発覚したのは二〇〇〇年の一一月五日だ。それから六年経ち、考古学界の事件に対する認識は大きく変わっている。
最近になって、人々は真相を語り始めたが、その事実を一般の人々はほとんど知らない。最近はっきりしてきたのは、「神の手」の罪は軽く、別に「不正行為」を働いた重罪人がいたことだ。
国学院大学の小林達雄教授は次のように言う。
「藤村新一を責める気はありません。彼を見逃した連中が問題なのです。何も知らない子供がいたずらをして、それを放置して便乗していたほうが悪いのです」
このような意見は、小林教授だけのものではない。インタビューした三〇名の考古学者のほとんどが、藤村新一には同情的だった。
では、六年経った現在、多くの考古学者たちが厳しい目を向けているのはいったい誰だろうか。
一番のやり玉に上がっているのは、文化庁から奈良文化財研究所に天下りして、調整官の仕事をしている岡村道雄だ。
二番目にやり玉に上がっているのは、ねつ造遺跡を検証した調査研究特別委員会の初代委員長を務めた元・明治大学学長・戸沢充則だ。
岡村道雄への風当たりが強いのはなぜなのだろうか?
函館大学の旧石器研究者である竹花和晴は次のようにいう。
「・・・遺跡ねつ造事件は藤村新一の単独行為では決してない。・・・藤村新一という考古学界のノンキャリアが、一人手を汚し創り上げた、前人未到の大成果の背景には、飴をあてがい、時には鞭を入れて、その陰でしたたる蜜を吸ってきたキャリアたちがいる」
このキャリアたちというのは、岡村道雄、鎌田俊昭(元・東北旧石器研究所理事長)、柳田俊雄(東北大学教授)、梶原洋(東北福祉大学教授)などを意味している。
縄文が専門の研究者・佐々木藤雄も手厳しい。
「脚本を書いたのは岡村道雄さんではないでしょうか。岡村さんによると、藤村は実測図も書けないそうですし、そういう人に大きな絵が描けるわけがありません。芹沢さんと岡村さんは名声を争ったでしょうが、藤村に深くかかわったのは岡村さんでした。不正行為は頭の良い人がするものです」
確かに藤村新一は実測図が書けなかった。岡村道雄は「藤村は石器をほとんど見なかったし、実測方法を丁重に教えたが覚えようともしませんでした。石器にも考古学にも興味はなかったし、研究者でもなかったのです」という。
明治大学の安蒜政雄教授は言う。
「岡村さんは学者として総括しなければいけません。私たち研究仲間にきちんと説明する必要があります。でもそういう発言がありません。俺は悪くないというなら、人間性を疑ってしまいます」
首都大学の小野昭教授も同じように感じている。
「彼は反省をしていません。それでみんなが怒っています。社会に与えた影響について深刻な反省が見られません。発掘や遺物の検証にも来ていません。終わったような気分で、無関心を装っているのです」
東北の旧石器研究グループの業績を弁護する発言の多い、佐藤宏之(東京大学助教授)もこの件に関しては、異論がない。
「(総括すべきだと言うの)は正しいと思います。研究者として総括すべきでしょう。私人として、研究者としてできる総括がある筈です」
共犯者が存在する可能性について、調査研究特別委員会・初代委員長の戸沢充則は次のように述べた。
「鎌田もそうだといえばそうだけど、他にもっといるじゃないですか。共犯になるには動機が必要だろう。岡村君がやらせたんですよ。みんな共犯者だが、中心になって名誉や地位をあげて利益を得たのは岡村君じゃないか。・・・もっとも共犯者がいるとしたらの話だがね」
国学院大学の小林達雄教授は次のように語る。
「ガジリ(近代の傷)は見たらすぐ分かるのに、岡村君が見逃す筈がありません。グルといったらおかしいけれど、研究者としてちゃんとしていると思ったらそうではなかったのです。本人はどう思っていたのでしょう。反省はありませんし、不明があったと誤って総括するなら認めますけど、知らん振りして逃げ回っています。研究者として失格であることは証明されていますが、本人が自覚していないだけです。講談社もあんな本(注:日本の歴史・第一巻『縄文の生活誌』改訂版)をだしていてひどいですね」
岡村道雄はこのことをどう思っているのだろう。本人に聞いて見た。
「総括していないと言われると困ります。どういう意味の総括ですかね? ポアですかね? 研究者からは、責任とって文化庁をやめろと言う電話もありました。説明責任は果たしてきたつもりですが、それがまだ足りないということでしょうかね」
(つづく)