(ウイークリー・ヨミウリ掲載2002年8月に加筆)
ここに掲載した写真はサイドスキャン装置で撮影された海底の姿。これをよく見ていただけば分かるように、建物の土台が並んでいる。別の写真には神殿の様な階段を持つ構造物が有り、階段つきの大浴場が見える。長さ600メートルのダムも存在する。このような住居跡が長さ9キロにわたって、古代の川の両岸に存在している。
S・バドリナラヤン氏によると、インド国立海洋技術研究所(NIOT)が、カンベイ湾で古代都市が見つかったと発表したのは2000年5月だったという。だが当時、世界中の考古学者たちの反応は、否定的なものだった。「そんな深い場所に、大都市遺跡が在るわけがない」「スキャナー装置が幻影を映し出したのだろう」「NIOTには考古学者がいないから、何かを見間違えたのだ」と、一笑にふされた。
この反応に驚いたNIOTの地質学者や生物学者は、「それでは確かな証拠をみせましょう」とカンベイ湾スラト沖に戻り、海底の発掘をはじめた。とは言っても、地上における考古学的発掘とは、だいぶ様子が違う。海底に「グラッブ」という大きなシャベルを落とし、一メートルの深さまでの海底の地層をすくい上げた。また、「ドラッグ」という装置を、海底下40センチぐらいまで打ち込み、そのまま100メートルも海底を引きずり、海底下の地層に存在する遺物を引き揚げたのだ。
このような方法で、遺跡の場所を採掘したところ、1日で2000個の遺物が発見された。それらは宝石などの装身具、貝、小さな像、象牙、人間の骨や歯、木片、壺のかけらだ。
NIOTはすぐに炭素年代測定法で測定できる有機物を、著名な年代測定研究所に送って、測定を依頼した。現在までに3つの研究機関から「木材」の年代調査結果の報告が来ている。ドイツのハノーバーに在る世界的権威のある研究所の報告では、この木材は紀元前7545年から前7490年に切られたという。インドの2つの著名な年代測定研究所は、それぞれ、紀元前7500年、紀元前5500年という数字を出している。
これで、カンベイ湾に沈む古代都市は、今から7500年前から9500年前に存在していた可能性が高まった・・・やはりこれは世紀の大発見だ!
だが、まだ疑問も残る。そこでS・バドリナラヤン氏にさらにいくつか、質問をしてみた。
大地:木材だけの年代測定で、9500年前の遺跡と断定できますか?
バドリナラヤン:人間の歯や、川にしか住めない貝も年代測定中です。遺跡の近くからサンゴが見つかっています。サンゴは澄んだ海の浅い海域でしか育ちません。つまりこの地域は、現在のような泥海ではなく。サンゴが住める海だったときがあるのです。海底都市もその時代のものでしょう。このサンゴも年代測定中です。
大地:木材はどのくらいの深さで見つかったのですか?
バドリナラヤン:海底の下50センチから1メートルの間です。海底下30センチまでは海の地層になっています。それより下は古代の川の地層です。そこから見つかっていますから、都市遺跡と同じ時代のものと言えます。木材をよく見ていただければ、わかりますが、明らかに人工的な鋭い切り口があります。
大地:海底に転がっていたわけではないのですね?
バドリナラヤン:発掘したときは、白くて新鮮でした。それが1日で黒くなってしまいました。1メートル近い深さに横たわっていたことは確実です。
大地:遺物が発見されたのは、どこですか?
バドリナラヤン:スキャナーに映っている都市遺跡のあるところからです。そこから15メートルほど離れると、遺物が一つも見つかりません。
大地:今後の計画は?
バドリナラヤン:インド政府の後押しで、インド中のさまざまな国立研究所が総力挙げて、この大発見の検証をします。2年計画ですが、2002年12月から03年2月にかけては海底の地図化を行い、さらに深くまで発掘します。4〜5人乗りの潜水艦を使って、海底も見てみます。海軍の特殊ダイバーたちも協力してくれるので、ダイビング調査も行います。
NIOTに最近、参画した考古学者のシャセカラン氏は、引き揚げられた遺物のほとんどが人工物だと断言する。どうやら人類の文明の発祥は、少なくとも1万年前までさかのぼるようだ。あるいは古代エジプトの神官が述べるように。3万年の文明史があるのかもしれない。私たちは、記憶喪失をしているに違いない。人類の文明の発祥の真相は海底の下に横たわっているようだ。