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今週の疑問
「『神の手』に罪は無かった(5)」

大地舜
ニューパースペクティブス・クオータリー東京駐在員
2月12日

六年たって判明した
前期旧石器遺跡ねつ造事件の真相と
低迷する旧石器考古学

戸沢に見る考古学界の悪しき体質
 独断専行を好む戸沢充則は、もう一つ大きな間違いを冒している。それは藤村新一が渡した「告白メモ」を黒塗り文書に改竄(かいざん)し、その全容をいまだに公開していないことだ。
 戸沢は藤村との四回目の面談で一〇項目にわたる質問状を渡し、藤村は戸沢との五回目の面談の時に、署名された「告白メモ」を手渡し、そのすべてに回答をしている。ところが戸沢はこのメモの存在を隠蔽したまま、その年の日本考古学会の大会で、面談の報告を行っている。
 だが隠蔽(いんぺい)されていた「告白メモ」を、宮城県教育委員会が公表した。ここで注意すべきことがある。戸沢が宮城県教育委員会に渡した「黒塗り告白メモ」には一〇項目の質問のうち一、三、四を除く七項目の回答しか記されていないのだ。したがって一、三、四の質問内容も、回答内容も、まだ一つも明らかにされていないことになる。
 さらに「黒塗り告白メモ」を読むと「(私●●●)とで行いました」「全部私●●(約一〇字伏せ字)とでねつ造してしまった」などの表現があちこちに出てくる。今でも、この伏せ字ついて疑問を持つ研究者は多い。
 「共犯者の名前が書いてあったら、この文書を出すわけがないでしょうね。でも今になっても隠しているとなると、何かまずいことが書いてあったのではないかな、と思います。それにしても戸沢さんが個人で所有しているのはおかしな話です。二〇〇二年の考古学会では公表すると約束しているのですよ。(早傘「捏造問題連絡船」)
 「戸沢さんがすべきことは、伏せ字だらけの文書をまず公表することでしょう。戸沢さんのやっていることは文書の検閲であり、歴史のねつ造です。埋蔵文化財は国民の共通財産ですが、伏せ字にされた文書も負の共有財産です。それを戸沢さんが個人で破棄するというなら、それは自らがねつ造の共犯者であったことを認めるものです」(佐々木藤雄)
 このメモの内容が明らかにされても、重要なことが書かれていない公算も大だ。だが、「告白メモ」の一件は、公共の財産を個人のものにして隠蔽する戸沢の悪しき体質を明らかにしている。
 東北大学名誉教授の芹沢長介によると、戸沢充則には、ねつ造事件を検証する資格などないという。なぜなら学生時代に石器をねつ造しているからだという。
 「戸沢も怪しい男ですよ。僕が明治にいたとき、彼は学生でした。茂呂という遺跡を発掘したのですが、掘っていたときにある学生が黒曜石に移植ゴテをぶつけてガチャンと割ってしまいました。黒曜石を割ると石器によく似ているのですよ。僕たちはそれを見ていました。ところが杉原教授がそのことを知らなくて、報告書に石器として載せようとしたのです。杉原さんはどうしても実測図を書けといいます。私や松沢君が断ったら、戸沢にその話が行きました。戸沢はその小片が石器ではないと知っていたのに、図を書いたんですよ。かれは学生の時から石器をねつ造しているのですよ。今、大きなことをいえる立場ではありません。彼は上のものから無理言われると、平気でねつ造をするんですよ。人にとりいって、悪いことまでして、ねつ造までやって上にあがっていく人がいるんですね」
 徒弟制度で上下関係が厳しい考古学の世界では、権威者に対するこのようなゴマスリもやむを得ない、と佐藤宏之(東京大学助教授)はいう。
 「そんな例はいくらでもありますよ。先生がこう解釈した・・・といったら、生前にたてつくのは難しいのです。いうことを聞かない人は飛ばされます。見解の相違を押し殺して、先生のいう通りにするというのは普通ですね」
 だが若いときの戸沢充則の行為は現代のグローバル・スタンダードで見ると、明らかに「学者による不正行為」にあたる。学者はもっと、良心的であるべきなのだ。
 「神の手」の周りにいた専門家が、考古学界の常識から逸脱した調査をしていたことも、明らかに「学者による不正行為」だ。
 これらの不正行為は、今、話題になっている東大の研究者の論文ねつ造や、ES細胞問題でデータねつ造をした韓国の黄禹錫教授、あるいは世界を揺るがしたベル研究所のヘンドリック・シェーンのデータ改竄と同じように「学者による不正行為」なのだ。
 その事実を知りながら、トカゲのシッポを切って本体を温存した考古学会の長老たちは、なぜ「学者の不正行為」に目をつぶってしまったのだろうか。
 戸沢充則のように、自分も行っていたからだろうか。あるいは佐藤宏之が言うように、それが当たり前の学界だからだろうか。あるいは鎌田俊昭が結婚したときの仲人が、戸沢充則だったためだろうか?
 いまだに日本の旧石器考古学界は元気がなく低迷している。その一番の原因は、身内をかばい、臭いものには蓋をする悪しき体質を持つ、長老たちの存在なのではないだろうか。「不正行為」をただす勇気を持たない、旧態依然たる長老たちが失脚しなければ、旧石器考古学界には陽が昇らないのではないだろうか。日本の考古学会はあまりにも自浄能力が不足ではないだろうか。

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