握手の意味
ヤニック・ノアは握手を拒んだ。相手のイスラエルの選手も文旬を言っている。1989年のUS・才一プン・テニス、8日目の風景。ノアのガール・フレンドがイスラエルの選手がミスしたときに、何度も拍手したらしい。それでイスラエルの選手は怒り、観客席のその女性を罵倒したのだ。ノアは自分の家族が侮辱されたといって、握手を拒んだわけである。
しばらくの口論の末、イスラエルの選手が謝罪をして、二人は握手をし、コートを去った。
「握手」というのは、日本のお辞儀とは全く違う。「握手」には敵対関係を解消する、つまり、「和解」する、という意味が含まれているのだ。従って相手を敵だと思っている間は握手しない。この二人の場合も、もし、その場で握手をしていながったら、コートを離れても二人の敵対関係は続くことになる。そして次の日どこかで会っても、お互いにそっぽを向くだろう。
「握手」には、友情の確認という意味もある。従って、欧米人に紹介されて、相手があなたに握手を求めて来なかったら、あなたは歓迎されていない、と考えて間違いない。
そこで、欧米人に紹介されたら、まず、にこやかに握手をする必要がある。握手をしないと、彼らは紹介されたとは感じないのだ。だから生理的に嫌だ、などといわないで握手をすることだ。
そして握手の仕方にも相手の個性が読み取れる。もしもあなたの手を握りつぶすほど強く握ってきたら、それは一種の威嚇である。「俺はこのとおり握力も強いし、一対一で殴り合ったら負けないよ」という、交渉が始まる前の意志表示なのだ。こういう人間が交渉相手にいたら要注意。まず力まかせのごり押しをしてくるだろう。
一方、余り力を入れない人も要注意だ。何も決まらず物別れになりやすいような感じがする。それにしても相手の手を余り強く握るのは不作法で紳士的ではないので、辞めておいたほうがよい。
もしも何か彼らと難しい交渉事があるならばます、こちらから手を差し伸べ、友好の意を示すことをお薦めする。握手もしないでテーブルに着くと、相手側は疑心暗鬼となり、交渉がやりにくいことこのうえないのだ。
もしもあなたが女性の場合は、「握手」はしてもしなくてもよい。どちらにしても態度を早くはっさりさせた方が良い。つまり、握手をするなら、「サッ」と手を出すし、しないなら手を出さず、すぐ次の人の方を向いてしまうことである。
契約社会のルール
北米は「契約」社会である。日本の「調和」社会とは色々な面で違う。この違いを理解していないと、戸惑うことも多いので、簡単に解説しておこう。
契約社会の特徴の第一は、ルールを守る事である。
この間の参議院選挙の時、社会党の候補者が、新幹線を止めて問題になった。頼むほうもどうかと思うが、頼まれて止めるほうも度胸がいい。ここにはルール違反を余り気にしない日本の「調和」社会の特徴がよく出ている。
だが、こういうことは、契約社会では、車掌にビストルでも突き付けないかぎり起こらない。
もう一つの契約社会の特徴は、ルール違反に対する制裁が厳しいことだ。
筆者の友人が、これまた契約社会の一才一ストラリアに、禁輸品の鮭のくんせいを持ち込もうとして税関で捕まった。裁判所で、禁固3ケ月の求刑をされたのだが、結局60万円の罰金となった。
契約社会では、ルールを破るとなぜこんなに制裁が厳しいのだろうか。それは、契約社会の基本原理が「公平」、つまり「フェア」の理念に基づいているからなのだ。「契約」は、基本的に当時者双方に「公平」に出来ているべきなのである。だから「契約」にサインをしたわけだ。
「ルール」も、万人に公平にできているはすである。従って、一方的に契約を破ったり、ルール違反をする事は、犯罪者と見なされるのだ。一般的に言って、欧米人がルールを守るのは、以上の理由による。
だが、彼らが善人ばかりだと思ったら、それは、とんでもない間違いである。ルール違反がバレないことが確実なら、何でもやりかねないと考えていたほうがよい。それが証拠に、どこの監獄も囚人でいっぱいで、社会問題になっているほどだ。
さて、一方我々の住んでいる調和社会の基本原理は何だろうか?それは、「調和が第一」の理念である。つまり、「調和が保てる」なら、少々のルール違反には目をつぶる社会なのだ。従って、「皆がやっているから大丈夫さ」などという甘い幻想を抱き、ルール違反をすることも、ままありがちだ。
このように全く異なった基本原理を持つ国に行くのだから、せめてルール違反はしないように心掛けることが肝要である。 (つづく)