日本に帰って14年。私もすっかり日本人に戻ったらしく、長い休暇を取ったことが無い。いや、これは私が貧しいだけで、豊かになった日本人も多く、彼らは悠々と長い休暇を取っているのだろう。
オーストラリアは世界一の金持ち国だったことがある。それが今や目立たない存在になった。だが生活水準は今も高い。デフレが続く日本も、経済小国になるにちがいない・・・が、豪州のような高い生活水準を保てるのだろうか?
「真の休暇」を味わう
「この島に三日いたら、すっかりリラックスしたよ。最高の休暇だね」
シドニーで法廷弁護士をしているマーク氏は、家族ともどもあと四日ほどヘロン島に滞在するという。
ヘロン島は、グレート・バリアリーフ国立公園内の亀が産卵に来る、サンゴ礁でできた緑の島である。
小さな島で、大人の足で歩いて三〇分もあれば、島を一周できてしまう。離れ小島なので、子供も迷い子にはならない。
実は私も、このヘロン島に家族で八日間滞在した。この島での八日間は、実に奇妙な経験であった。
なにしろ「何かをやらねばならぬ」という義務、責務から、ほとんど全く解放されてしまったのである。
七歳になる男の子は、朝から友達と飛び回っており、どこにいるかも分からない。したがって、面倒を見なくても済む。三食はホテル側で作るから、決められた時間に行くだけでよい。
スキューバダイビング、シュノーケリング、魚釣り、テニス、ガラス底舟による海底の見物、プール、ビリヤード、そして近くの無人島へ出かけてのシュノーケリングと、やれることはたくさんあるのだが、別に何もしなくともよいのだ。
最初の三日間は、それでも一生懸命スケジュールを立て、精力的に過ごした。だが、三日目を過ぎたら、一通りのことはしてしまい、これといってやることがなくなった。
何をやっていてもよいのである。そうなると不思議と自分のリズムにあった生活ができてくる。そして、マーク氏と同様に、私も、全くリラックスしている白分を発見した。
私が好んでしたことは、ホテルの部屋の真ん前の白浜に出て寝そべることと、エメラルド・グリーンの海水の中に膝ぐらいまで入り、一〇〜四〇センチぐらいの大きさの、七色の熱帯魚たちに、パンをちぎって与えることであった。
子連れで海に魚釣りに行ったら、六〇センチもあるスイート・リブという赤い魚が、三匹も釣れた。その夜は、子供を通じて親しくなったグレアム一家を我々のテーブルに呼んでの、魚をつっ突く大宴会となった。
この島で生活している間、仕事のことは、きれいさっぱり忘れてしまっていた。わずらわしい人間関係のことも。そして、一人の人間としての、原点に戻ったという実感があった。
島を離れて家に戻ったのは土曜日。翌日は一日中、精力的に庭仕事をした。なぜか、奇妙に精が出るのである。
そして、「なるほど、これが真の休暇というものか……」と、生まれて初めて悟った次第である。
忙しい日本人観光客
「我が家で一泊ぐらいできるんでしょう?」
「いやー、それがねー、シドニーには二泊しかできなくて」
「えらく忙しい旅ですね-」
「なにしろ休暇が一週間しか取れなくてね。それでニュージーランドと、オーストラリアを見ようというんだから…・」
姉夫婦が、日本からやって来たが、私どもの住む景勝の地、ブルーマウンテンズには泊まれないという。
「じゃー、ともかく一日だけでもご案内しますから……」
朝九時にシドニーのホテルで会い、シドニー市郊外のコアラを抱ける自然公園に連れて行き、そして、我が家で昼食を取ってもらった。
自然公園にいたのは三〇分ぐらいだったが、その間に、日本人観光客の顔ぶれが二回は変わった。つまり日本人観光客の団体は、コアラを抱き、写真を撮ると、すぐ次の観光地に行ってしまうのである。
この公園には、オーストラリアの珍しい動物がたくさんおり、見て回るのに、最低一時間はかかるはずなのだが・・・。
結局、姉夫婦は一時間だけ我が家にいて、すぐシドニーに帰ることとなった。帰る途中、ブルーマウンテンズの毎勝地スリーシスターズに案内した。
ここで会った日本人観光客も、あっ、という間に写真を撮ると、あっ、という間に、次の地に出発して行った。
わたしは、このような場面が次から次へと変わるような旅行を「紙芝居旅行」と呼んでいる。何か、昔あった紙芝居と似ていないだろうか? 紙芝居型の旅行は観光であれ、人に会う旅であれ、面白いが、疲れる、というのが私の実感である。
豊かにしない政策?
「日本の国と大企業は、世界一の大金持ちになったけど、その富を国民に与えないで、また海外に再投資しているね。それが世界経済に大混乱をもたらしている、と思わないかね、シュン」
「ウーン」
「休暇も実質的には一週間ぐらいしか与えてないんだろう? まあ、日本の会社や国が、国民にお金や休暇を渡さない気持ちも分からないこともないがな…。一を与えたら、一〇を取ろうとするのが人間だし…。お金持ちになったら、日本人も、オーストラリア人のように怠け者になるしな……」
ビル・ヒューム氏は、私の住んでいる町で三代にわたり金物屋をしている土地の名士である。彼の日本観察には、厳しいものがある。
彼に言わせると、日本の国と企業は、政策的に、意識的に国民を金持ちにしないのだ、という。国民を貧乏にしておけば、国民は生活のために、いつまでも一生懸命働く。だから怠け者にはならない、という理屈だ。
そして有り余ったお金で、日本の企業が海外の企業や不動産を買い占めるので、「そのうち日本は世界中の国ぐにから袋叩きに遭うよ…」と言うのである。
「おっしゃる通りかもしれないな、ビル。日本は基本的には貧乏な国だし、国民が怠け者になったら、いっぺんで滅びちゃうんだよ。でも、そろそろ危険を冒して、国民に余裕のある生活をさせる時がきたのかな?」
日本人の旅行の仕方も、相変わらず紙芝居型の忙しい旅行が主流とはいえ、「休暇」を目的として旅行する人々も、着実に増えているようだ。
私は紙芝居型旅行のよさや必要性を、否定はしない。しかし、日本の忙しいビジネス・パーソンに今必要なのは、人間としての原点に戻れるような「真の休暇」ではないだろうか?
私のヘロン島の休暇では、「真の休暇」は、仕事にやる気を起こさせるものであって、その逆ではなかった。