kitombo.com | 今週の疑問 | 2003年6月16日
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今週の疑問
「南半球からの視点(8)
キスと握手」

(1989年4月15日『実業の日本』掲載)

大地舜
6月16日


 欧米人とのつき合いが長い私は、ごく自然にキスと抱擁ができるようになった。でも、もちろん相手は欧米文化圏にすんでいる人だけに限っている。時々、日本の若い女性にもキスや抱擁をしたくなるが、自制している。日本では、即、セクハラと思われてしまうだろう。内緒の話、何度か試してみたが、やっぱり日本では不自然な感じがしてしまう。でも、感情を相手に知らせるには、キスや抱擁の方が、お辞儀よりも優れた方法であることは、今も昔も変わらない。

突然!の戸惑い
「グッドナイト、シュン……」
 突然、柔らかくて甘い唇が、わたしの唇の上に被さってきた。ほっぺたへのキスを予想していたわたしは、完全に意表を衡かれてうろたえた。甘く、柔らかいキスは、一瞬わたしの体をしびれさせた。キスの相手は七歳になる男の子だった。
「サンキュー、シュン…-・」
 ブロンワンとバネッサの一四歳と一六歳のスリムで美人の姉妹は、お礼の贈り物を渡してくれた。一年間テニス・チームのキャプテンとして、二人の面倒を見てきたのである。
「サンキュー、……」
 二人は何かを待っている。
 もちろん、キスである。でもわたしには何となく顔を近づけることができなかった。
 さて、四〇歳を超えた日本男児にとっては、社交的なキスと抱擁は、タイミングが難しい。女性からキスや抱擁をされる場合はまだ楽だが、こちらから積極的にするのは、はなはだ難しい。
 これは他人ごとではないと思うが、いかがだろうか? 読者だって、いつ、わたしのような立場に置かれるか分からないし、あるいはもうすでに色々と経験されているかもしれない。少なくとも、その程度の国際化の波は、読者のすぐ傍らまで押し寄せて来ているはずである。
 実を言うと、自然なキスと抱擁ができるようになることは、筆者のオーストラリア滞在のテーマの一つでもあった。
 努力を重ねているうちに、早五年の歳月が流れてしまったが、いまだにぎこちない、不自然なキスをしたり、仕損なっているわけである。

重要なタイミング
「キースはどんな時に、どういう人にキスをするの?」
 カンタス航空の元マネジャーであるキースとは、何でも聞ける間柄になっている。
「そりゃー、愛情を感じる親しい女性にだけさ。だけど、妹なんかにはキスしないな」
「エッ、この間、妹さんがキースの頼にキスしてたじゃない……」と、奥様。
「エー、そうだったっけかなー、無意識でやってるから、記憶に残ってないよ。大体キスとか抱擁なんてのは、いちいち考えてやるもんじゃないよ。以心伝心で、無意識にしなきゃ、-…」
「それが難しいんだな…」
 こちらに住む人々は、キスも抱擁も見事に、無意識にしている。日本人が無意識にお辞儀をするのと、一緒である。
 お辞儀ならば、いつも同じで、ただお辞儀していればいい。が、キスや抱擁となるとそうはいかない。欧米諸国でも、キスや抱擁には、性的意味合いが含まれているからである。だから、キスをしようとしたら逃げられて、大恥をかくことも、十分ありうるのだ。
 よくよく観察してみたら、どうやらキスや抱擁をするタイミングには次の五種類があるようである。
1.歓迎の意を表すとき。
 たとえば、家に食事に呼んで、玄関で出迎えたときなど。
2.お別れをするとき。
「さようなら」、あるいは、「お休みなさい」を、言うとき。
3.「有難う」と、お礼を言うとき。
4.悲しんでいる友人を慰めるとき。
5.特別に愛情を感じたとき。
 さらに、頬にキスをするのは、社交上、軽い気持ちでできるが、抱擁も一緒にするとなると、これはさらに深い関係を意味している。
 唇にキスをするのは、もちろん、特別に深い愛情があることを示す。
 そして、キスをするには、キースが言っているように、相手に対する好意と、愛情の存在が前提となっている。つまり、通常、赤の他人にはしない、ということである。
 この説明で、社交上のキスや抱擁の基本を、理解して頂けただろうか? 大切なのは以心伝心であり、アンテナを張って、相手のシグナルを見逃さないことのようだ。

握手を拒むことも
 さて、もう一つ、社交上欠かせないのが、「握手」である。握手にもいろいろな意味が含まれていることをご在じだろうか?
「そろそろ和解しようぜ、もうお互いに言いたいことは言ったし・…・」
 車のディーラーはそう言って、手を伸ばしてきた。握手をしようというのである。
「あなたはずるい。この車はサビだらけだ。とても納得できない。あなたと握手なんかできない」
 それを聞いたディーラーの男は、不快感をあらわにして、立ち去っていった。このように喧嘩別れをしたかったら、「握手」を拒むのが一番である。
 テニスのゲームの後、必ず握手をするが、それも和解の意味である。つまり、「握手」をする行為には、「敵対関係を解消する」、という意味が含まれているのである。
「握手」にはまた、「友情の確認」の意味がある。
 欧米諸国の文化圏で育った人たちは、握手をしないと、友人になった気がしないようである。会議などで何度も会っており、言葉も交わしている人が、突然傍らに来て、「そういえば、あなたとは正式に会っていませんでしたねー」といって握手を求めて来ることがある。
 また、二〜三週間会っていなかった友人と会うと、かならず握手を求めて来る。これも友情の確認をしているものである。
 読者の方が、もしも欧米人と難しい、誤解を招きそうな会議、交渉事に臨まれるときは、真っ先に、相手に「握手」を求めに行くことをお勧めする。
 握手をすると、相手は、少なくともあなたを敵とは見なさない。むしろ、友人と思い、誠意をもって交渉に当たろうとするだろう。
 もしも、相手と握手をしないで交渉事に臨むと、相手はまず、あなたが敵なのか、友人なのかを見分けようとし、それに時間をかける。
 そして、あなたへの不信感はなかなか解消されない。
 信頼感の樹立に、そして確認に、「握手」は、重要な、欠かせない行動なのである。

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