デニスと始めてであったのは、ゴルフックラブのバーだった。「仕事は何?」と聞いたら「ハンディーマン(何でも屋)だよ」という。私は耳を疑った。目の前にいるデニスは、かっぷくが良く、上品で、利口そうで、どう見ても億万長者に見える。「嘘だろう? どう見てもミリオネアにしか見えないな・・・」と私は、思わず本音を言った。
私は、人を見る目には自信がある。一目で、その人の全てが分かる。だが、欲得がからむと見損じる。
デニスは数年前まで、シドニーにお店をいくつか持つミリオネアだった。ゴルフコースを見下ろす豪邸に住み、四〇歳で引退する予定だった。だが、もうけ話に乗って、破産したのだという。
賢そうなデニスですら詐欺師に騙された。俺は利口で人を見る目がある、と自信がある人こそ、詐欺師に騙される。詐欺師から見たら、思い上がっている人が一番誘惑しやすいのに違いない。私がその典型か?
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一回目の座礁
大型帆船は、木の葉のように波にもてあそばれていた。山のような海の壁が押し寄せ、そして、奈落の底に突き落とされ、黒い空も黒い海も区別はつかなかった。
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「リリリーン」
電話のベルがけたたましく鳴った。
デニスは豪華なキングサイズ・ベッドから飛び起きると受話器を取った。朝の五時である。
「帆船がトレス海峡で座礁しました。船員は無事です。すぐ来てください」
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この時から、デニスの悪夢は始まった。
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デニスが友人と二億円をかけて改造した帆船は、ブリスベーンからグレート・バリア・リーフを通り、ダーウインに向かっていく途中でサイクロンに捕まったのである。
無事にダーウインに着けば、帆船はそこからグアム島に行く予定であった。グアム島でその帆船は、遊覧船として、日本人の新婚旅行客が使うはずであった。
日本のJTB他の旅行代理店も、首を長くして帆船の到着を待っていたのである。だが船はあえなく廃船となってしまった。
「座礁は、何か良くない事の前兆のようよ……、もうこの事業はやめましょうよ」
デニスの奥方のジョイスは、そう言ってこれ以上の深入りをやめさせようとした。
「いや、乗りかかった船だし、保険金は全額入る、だから俺は続ける」
共同出資をしているほかの三人も、同じ考えであった。
そして、今度は中古船を買い、フィリピンのセブ島で改造をすることにしたのである。
裏切り
当時デニスは四〇歳。やり手の実業家で、ブルーマウンテンズ市の、名士の一人だった。そして、早くも引退して、優雅に余生を送ろうとしていた。その矢先に、アンディという男からこのベンチャー・ビジネスに誘われたのである。他にロドニー、バリーという二人の仲間も加わった。
フィリピンでの船の改造は、予想以上にお金がかかった。
「これじゃー、日本で、新しく船を作った方が安上がりだったなー」と、ボヤいてみても、後の祭。それでもとにかく、船は完成した。名前も付いた。『サイパン・レディ』である。
「金が足りないなー、どうしようか?」
「あと一嵐で、夢が実現するのに・・・」
「俺がまた金集めに行くよ、でも、誰か自分の家を売れないか? デニスはどう?」
「ワイフと共同名義になってるし、聞いてみるよ」
「ロドニーはどう?」
「俺も一人じゃ決められないな」
肥って眼鏡を掛けたアンディはこのプロジェクトの発起人であり、金集めの名手ということだった。
「とんでもないワ! 家を売るなんて! それだけは嫌よ」
ジョイスは全く取りあわなかった。
だが、ロドニーとバリーは家を売って、資金を作った。
「俺が、もう少し資金集めをしてくるよ。このままじゃ、船の保険金が払えないしな……」
アンディの提案はもっともだった。船は完成し、グアム島に無事着いた。シュフも、ダンサーも、船員もそろった。前評判は上々で、オープン前から半年分の予約が出来ていた。「夢の九九パーセントは叶った、あと一息だ」と、デニスは思った。あと、船の保険金を払うお金があればよいのだ。
保険金の工面のためと称して、アンディは海外に飛んだ。
三週間後である。
「いやー、いい船ですねー、アンディさんの言っていた通りだ」
「あなたはどなたですか?」
「この船の持ち主の一人ですよ…、ブラジルから来ました」
「エエー! そんな話、聞いていないなー」
「ほら、契約書もありますよ」
何が起こったかは明らかであった。
アンディは仲間を裏切って、船を売ってしまっていたのだ。しかも、ブラジル、シドニー、パリの三ヵ所で、三重に売っていたのである。
再び海の藻くずに
嵐が迫っていた。
グアム島はその台風に直撃された。『サイパン・レディ』は乗組員三〇名と共に、海の藻くずと消えてしまった。保険はもちろん掛かっていない。
三人は破産した。その上、グアム島では犯罪者として扱われた。デニスはすべての財産を手放したが借金は返せなかった。ロドニーは自殺した。バリーは気が狂って、精神病院に入った。
一〇年たった今、デニスは、ようやく借金の後始未が出来た。デニスが生き残れた重要な決め手は、ジョイスと共同名義にしてあった家が温存されていたことにあった。
今、デニスとジョイスは山に囲まれた牧場に住み、ようやく心休まる生活が出来るようになった。
オーストラリアの「契約社会」には、アンディのような悪者が沢山いる。私は彼らを、「契約社会の海賊たち」と呼んでいる。
「オーストラリア人は正直で、日本人よりよっぽど信用できるねー。会社のペン一本持って行かないからね。それに比べて日本人は公私混同してだらしがないよ」
シドニーで、ある日本の大企業のマネージャーと食事をしていた時の話である。この人は、すでにこの国に六年も住んでいるという。
これは、全くの考え違いである。
契約社会の住人は、すぐバレるような悪いことは、まずやらない。だが、バレない事が確実なら、何でもやりかねない。と、考えておくのが正解だ。
契約社会で、契約違反をすると、その制裁は、日本の社会では考えられないほど厳しい。だから、事務所のペン一本ですら持って行かないのは、当然である。
簡単に、優しい「調和社会」に住み慣れている日本人と比較するのは、間違いなのだ。