kitombo.com | 今週の疑問 | 2003年8月4日
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今週の疑問
「南半球からの視点(15)
ボスたちの陰謀」

(1989年9月1日『実業の日本』掲載)

大地舜
8月4日


 旦那の責任は奥さんを「美しく」保つことにある。そのためには昼も夜も男は献身しなければならない、と、洗脳されたのは、オーストラリアなのだろう。今でも、掃除・洗濯・料理・皿洗い、なんでもやる習慣が身について抜けない。大和男子としては情けないと言われるかもしれないが、まあ、慣れると苦ではない。だいたい、日本男児は国際的には女性からの評価が低い。雑誌「サピオ」を読んでいたら、エコノミストの森永さんが「専業主婦と子どもは不良債権です」と言っていたが、森永さんは外国には住めないな・・・、と思った。専業主婦を不良債権などといったら、『殺される』と思って間違いない。欧米では主婦が「ボス」なのだから。

バーベキュー・パーティ
 ご夫人がたは台所、食堂にたむろし、ワインを舐めながらおしゃべりに夢中だ。筆者とトリントは寒い屋外で、ビールを飲みつつレンガでできているバーベキュー・コンロの鉄板の上に肉やソーセージなどを並べている。
 夕方六時からのパーティに備えて、筆者は五時から火をおこし、薪の火加減を調節してきたのだ。子供たちは広い庭で、白転車を転がしながら遊んでいる。
「お肉が焼けたよ、お皿持ってきて」
「ハーイ」
 こういういい返事ができるのも当然であろう。なぜなら、バーベキュー・パーティの場合、女性軍の仕事といったら、サラダを作ることと、ワインを飲むことぐらいしかないのだから・・・。イヤ、もう一仕事あった。おしゃべりである。
 愚痴を言うわけではないが、オーストラリアでは、バーベキュー・パーティの料理を作るのは、男の仕事なのである。五年以上も鉄板の上で肉を焼いていると、不器用な筆者でも、いっぱしの料理の方法論を持つようになるから不思議である。
 欧米社会では、何事も夫婦が一つの単位になって動くことは、読者もこ存じの通りである。だが、ご夫人がたが、男どもから「ボス」と呼ばれて尊敬されているとは、全く知らなかった。
 私の「ボス」は、こちらに来たての頃は、家に人を呼ぶのを敬遠しがちだった。なにしろ三日がかりで、色々と料理の準備をしていたのである。
 だが、こちらの生活に慣れるにしたがって、喜んで家に人を招くようになった。その一つの理由は、もちろんバーベキュー・パーティにある。なにしろ女性の仕事は楽だし、気軽に人を呼べるのである。
 家に人を呼んでパーティをするかどうかを決めるのは、主としてご夫人がたである。だから、且那の方はその日になるまで知らないことも筆者の場合だけなく、よくあることなのだ。
 そして、食事に呼んだり呼ばれたり、というのは、ほぼ二週間に一回はある。もちろん、夫婦同伴だし、コブも連れていくことが多い。その上、観劇だのダンス・パーティだのと、夫婦で外出する機会は、極めて多い。

結婚しない理由
「リック、そろそろ結婚しないの? 家も、士地もあるし、牧場まで持っているんだろう?」
「ああ、だけど結婚なんて嫌なこったね。シュン知ってるかい? 結婚したら、次の日に離婚しても、女に財産を半分持っていかれるんだぜ。それじゃ、一体何のために一生懸命働いてきたか分からないじゃないか。俺は、同棲はしても、結婚する気はないな」
 これでは三〇歳になるリックは、当分結婚しそうもない。そして、この国には、同棲している人々、また、片親に育てられている子供たちが多い。何でもかんでも財産を半分持っていかれるとなると、いい加減な気持ちじゃ結婚できないわけだ。
「シュン、カモン、ダンス!」
「オー、イエス・・・」
「ダンスするのよ、シュン!」
「ハイ・・・」
 こちらの女性に、このように命令されることが、たびたびある。もともと、純情可憐で気が弱く、若いころは、男でありながら、壁の徒花だった筆者には、このように命令されると、ダンスに出て行きやすくてありがたい。しかし、それにしても、こちらの女性は、男と対等か、それ以上の権力を持っている。
「何ですか、日曜の朝から庭の芝生も刈らずに奥様をほうり出して、ゴルフに行くとは!」
 ある円本人の駐在員氏は、隣の家のオバさんから、このように怒鳴られたそうである。この日本人の家では、ご主人は営業マンであるうえに、根っからのゴルフ好きとあって、土日に、ほとんど家に居たことがなく、奥さんは「私はゴルフ未亡人」と嘆いていたらしい。その上、時々奥さんが芝刈りをしていたというのだ。
 これでは、「日本の男はけしからん」とお小言を頂戴しても仕方がない。この国では、男が家庭を顧みず、家族を母子家庭同然にしていたら、たちまち奥さんに離婚されてしまうのだ。

女房たちの人脈
 筆者が土地のロータリー・クラブに入ったのも、実は夫人がたの陰謀であった。なにしろ、筆者は家には寝に帰るだけで、住んでいる町の人々を、ほとんど知らなかったのである。
 一方、わが家の「ボス」は、せっせと地元で友達を作っていた。三歳でこの国に来た息子のマーナを、幼稚園にやり、小学校に入れ、サッカー・チームに入れる間に、ガッチリと、強力なグループを作ってしまったのである。
「あなたの旦那様、昨日町で見たわよ、サングラスなんかかけちゃって、結構、色男風じゃない、ロータリー・クラブに入れたら?」
「でも……日本人だし、それにロータリー・クラブって、お金持ちの名士が入るんでしょ、私の家はただの庶民だから駄目よ」
「いいの、いいの、私たちが入れてあげるわよ。それにメンバーだって、そんなにお金持ちばかりじゃないのよ。社会に奉仕する気持ちがあればいいの。あなたのご主人は、町の子供たちに無料でテニスを教えているじゃない。そういう奉仕の心が大切なのよ」
「難しいと思うけど:::」
「まあ、いいから、私たちに任しときなさい。私たちのグループでロータリーのメンバーになっていないのは、あなたのご主人だけなんだから。それじゃ、つまらないじゃない」
「そうねー」

*

「シュン、キャッシーって覚えていない? ほら、幼稚園のパーティで紹介したでしょ」と、わが家のボスが聞く。
「ウーン」
「結構美人だ、って言ってたじゃない」
「あー、そういえば・・・」
「彼女のご主人がシングルの腕前で、シュンとゴルフをやりたいんだって」
「エッ、ほんと、それじゃいつでもやるって言っといて、いまアプローチで悩んでいるから、なにか教えて貰えるかもネ」 こんな具合にして、筆者をロータリー・クラブに入れる陰謀は、秘密裡のうちに進められていたのである。

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